数日間は、病状も安定していた。神戸から転院して三日後の日に、緩和ケアの一環として一時帰宅が許された。輝明の家は、千香のために介護用ベッドや器具が用意され、窮屈な状態になっている。 「ま~ぁ、輝坊ちゃんが住んでいる家は、こんなに窮屈なの?」 「仕方がないだろう。千香ちゃんのために揃えた器具で、一杯... 続きをみる
2017年10月のブログ記事
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夢の中に沈みながら、輝明はふたりの存在を推し量る。目の前にいるのは、いつも千香である。しかし、意識するのは、後ろに見え隠れする亜紀の存在であった。それが、今はふたりが並び、同時に声を掛ける。どちらの声を優先に聞けばよいのか、輝明はもどかしさに悩みもがく。 《オレが物心つく頃には、千香ちゃんが常に... 続きをみる
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エレベーターでロビーに降りると、レンタル会社の社員が待っていた。車のキーを渡して請求書を受け取る。輝明は、千香の子供たちに連絡し、病院の住所と電話番号を知らせた。車の移動を心配していたが、無事に転院できたので安堵した様子。明日の午後、奈美が病院に訪れる約束をして電話を切った。 輝明はタクシーを... 続きをみる
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その場の雰囲気を変えることができた。しばらくして、海老名JCTから圏央道に入る。すでに、夕刻の四時過ぎ、冬の陽が沈みかけている。 「千香ちゃん、疲れたろう?」 「平気よ。輝坊ちゃんは、疲れたでしょう。もう若くないんだから、無理しないでね」 「いや、まだ若いから、平気さ」 「またまた、ウソをつく!... 続きをみる
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「よし、出発進行!」 「よし、輝坊ちゃんと最後の旅だ~!」 「・・・」 千香の言葉が胸に響く。ハンドルを掴む彼の手に力が入った。返す言葉がない。 「輝坊ちゃん、運転は大丈夫なの?」 「うん、平気だよ。事故ったら、最・・、千香ちゃんとの楽しい旅が、台無しだ。ゆっくり安全運転しなきゃね」 新名神高... 続きをみる
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「いや、まだ決まっていない。佐和さんに休暇許可を出してから、北島さんに連絡するらしい」 「そう、楽しみだわ。それまでは、頑張るね・・」 「千香ちゃん、無理しないでよ。何かあったら、困るからね」 「心配しないで、分かっているわよ」 いつもの千香らしく、頬を膨らませて拗ねる。その様子に輝明は安心した... 続きをみる
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食卓テーブルの冷めたおかずを、レンジで温めなおす。勝手に騒いでいるテレビ画面を横に置いて、侘しい食事を終わらせる。輝明が時間を確認すると、十時を過ぎていた。 《ブラジルは、朝の十時か・・。今、亜紀さんは休憩時間だよな。早く来れるか話してみよう》 「あ、輝君。何か急用なの?」 「うん、千香ちゃんの... 続きをみる
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《何十年と見続けた千香ちゃんの顔だ。この顔が見られなくなる。考えるだけでも虚しいなぁ・・》 冬の陽は沈むのが早い。病室の中が薄暗くなったが、輝明は気にもせずに独り戯言を呟いていた。 「歳を重ねるごとに、親しい人たちとの死別が多くなる。あ~ぁ、つくづく考えてしまうなぁ。むしろ先に逝く方が、悲哀や虚... 続きをみる
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「ある知人は、死の直前に自分の人生を達観して、癌専門病院ホスピス棟を最期の住まいに選びました」 「・・・」 「その庭に咲く桜を、来年は見られないとカンパスに描き。生きている間は縁の薄かった観音菩薩像を、痩せ衰える手で懸命に彫っていました。葬儀には未完成の像が飾られていたが、カンパスに描かれた桜は見... 続きをみる
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「いいや、できれば兄貴に教えてもらえれば・・」 「F病院の院長なら、面識があるよ。最近、緩和ケアを始めたらしい・・」 翌日の朝、佐兄が院長に電話してアポの了承を得ることができた。輝明は指定された午後の時間に、病院を訪れる。入院病棟のロビーで待っていると、女性事務員に面談室に案内された。しばらくす... 続きをみる
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ブラジルから戻りひと月が過ぎた日。痛みもなく穏やかに会話ができる千香が、深刻な面持ちで輝明に相談した。 「輝坊ちゃん、私ね・・、できれば高崎に戻りたいの。だって、死ぬのなら・・、思い出のある高崎を選びたい。どうかしら?」 千香から聞いた死の言葉は、今までに何千回も聞いた。それは、彼女の遊び言葉... 続きをみる
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《輝君が見せたあの瞳、私の幸せを願う思いが込められていた。出会いの三ヶ月、別々に過ごした三十年、再び巡り合えた三日間。私たちの運命は、神の偶然に弄ばれた人生なのかしら・・》 「行っちゃうね、分かれることがこんなに辛いなんて、初めて経験したよ。悲しいね、マルシア」 マルコスの言葉が、彼女を現実に引... 続きをみる
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搭乗手続きのアナウンスが流れた。千香が、秋の側に寄り添い小声で話す。 「亜紀、お別れね・・。会えて良かった。必ず、必ず来てね」 「うん、自分がこんなにも幸せとは・・。あなたのお陰よ。ありがとう。千香、必ず行くわ」 どちらともなく、ふたりは強く抱き合った。千香と亜紀が離れるのを待って、輝明は亜紀... 続きをみる
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突然に空が暗くなり、スコールに見舞われる。道路があっという間に冠水状態。セルジオが注意しながら、ゆっくりと車を走らせる。 「凄い雨ね。後ろのマルコス、大丈夫かしら・・」 「驚かれたでしょう、直ぐに止みますよ。ああ、彼はしっかり走っていますね」 「いいえ、驚かないわ。確か、熱帯特有のスコールでしょ... 続きをみる
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「マルコス、私の名前は千香よ。チア、ではないの」 「ああ、それは、ブラジル語で親しい年配の女性や幼稚園、小学校の先生をチアと呼ぶのよ。千香・・」 「あら、まぁ~、そうなの。ごめんね、マルコス!」 千香はマルコスを呼び、抱きしめる。彼は、千香の頬に軽いキッスを返した。 食事の後、長女の奈美から頼... 続きをみる
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翌日の朝、輝明が目を覚ますと、亜紀が新しいワンピース姿で千香の世話をしていた。 《やはり、似合うな。綺麗だ》 「おはよう、輝君。さあ、朝食に行くわよ」 少し恥じらう様子で、爽やかに挨拶する亜紀。輝明は、一瞬戸惑うが返事を返した。 「やあ、おはよう」 「亜紀、いいのよ。お寝坊さんはそのままで、先... 続きをみる
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「輝君、ありがとう。千香、悲しいことを言わないで。必ず、会いに行くわ」 千香がゆっくりと立ち上がり、部屋に行き封筒を持って来る。封筒を亜紀に手渡した。亜紀は、手にした重い封筒を見詰め、体を固くし微動だしない。 「誤解しないで、あなたの心を踏みにじり、卑しめるつもりはないわ。このお金は輝坊ちゃんの... 続きをみる
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「うん、マルシアは見たとおりに、派手じゃない。貰えるお金は少ないけど、不平を聞いたことがない」 「そうか、分かった。オブリガード。千香ちゃん、相談したいことがある」 「輝坊ちゃんの言いたいことは、十分に理解しているわ」 亜紀が自分の買い物を済ませ戻ってきた。頼んであった服を受け取ると、ホテルに引... 続きをみる
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「亜紀、早く試着して、見せてよ」 彼女はおどおどと試着室に入り、怖々と着替えた。姿見の自分に心が奪われる。 《まあ、なんて華やかな色、ワン・ポイントの白い花びらが素敵ね。この色は、あれ以来ね。輝君、覚えているかしら》 恐る恐る試着室から出る。 「マルシア、ボニータ(綺麗)だ。誰かと思ったよ」 ... 続きをみる
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「亜紀、紅茶はどうしたの? 冷めちゃうわよ」 ふたりは我に返り、サッと離れる。 「い、今・・、できたから、ちょっと待ってね」 輝明が、先に千香と自分のカップを運ぶ。亜紀は二回ほど深呼吸をしてから、知らぬ素振りで千香の横に座る。 「あら、亜紀の顔に涙の跡があるわ。輝坊ちゃん! 女性を泣かせたら、... 続きをみる
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千香は、理解していた。しかし、輝明と亜紀の貴重な時間を、奪い取ってしまう自分が許せなかったのだ。 「亜紀、ごめんね。私が元気なら、一ヶ月でも半年でもいられたのに、残念だわ」 「ううん、私のことより、千香の体の方が大切よ。この数日は、決して短い時間ではなかった。一秒一秒が、とても長く幸せを感じるこ... 続きをみる
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亜紀は、千香の言葉を信じられないと、マジに彼女の目を覗いた。 「まっ、本当にそう思っているの? 千香!」 千香の顔が歪み、笑い出した。 「うふふ・・、ウソよ!」 「アハハ・・、あ~、驚いた!」 ふたりは仰け反り、手を叩き大笑い。そして、テーブルの上のカステラを食べ、ガラナを飲んだ。千香の顔が... 続きをみる
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「ん、何を? どんなこと?」 「おば・・、輝坊ちゃんのお母さんが亡くなるとき、私が傍にいたの。あの子が不憫だから、仲の良い私に面倒を見てねって頼んだわ。私は簡単に、いいよって答えた。だって、輝坊ちゃんが大好きだったから・・。 伯母さんは、輝坊ちゃんが生まれてから、入退院を繰り返しまともに育てる時... 続きをみる
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「もう帰るの? このまま、この清々しい海の空気を吸いながら、穏やかに眠りたい」 《千香ちゃんの気力が、弱々しくなっているなぁ。やはり、早めに日本へ帰ろう》 「うん、ゆっくりさせてあげたいけど、さあ、ホテルへ帰ろうね。千香ちゃん・・」 北島も心配して、輝明の顔を見る。 「北島さん、明日の便の再確認... 続きをみる
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サントスまでは、一千メートルの海岸山脈をトンネルと橋で一気に下る。新イミグランテス(移民)街道は、片道二車線でカーブも少なく快適だ。サンパウロから一時間ほどでサントス港に着いた。海岸道路を抜けて、ホテルやマンションが並ぶグウァルジャーの浜辺にやってきた。 北島の通訳セルジオが、見晴らしの良い小... 続きをみる
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「北島さん、良く調べましたね」 「この一年間、ブラジル国内を飛び回っていますから、色々な料理を食べましたよ。ピラニアのフライやワニ料理も食べました」 「えっ、それは凄いですね」 横で聞いている千香が退屈そうな様子。それを見とめた亜紀が、声を掛ける。 「千香、フルーツなら食べられる?」 「ん・・、... 続きをみる
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マルコスが早めに到着。北島、通訳のセルジオ、佐和と事務員のテレーザ。それに、群馬県人会の高山事務長。全員が揃ったところで、輝明は千香を支えて立ち上がる。 「突然に訪問した私たちのために、温かく迎えていただき感謝申し上げます。長い間、探し続けていた亜紀さんに会えることができました。幸せに過ごしてい... 続きをみる
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「それで、亜紀は一緒に日本へ帰るのね」 亜紀は千香をソファに座らせ、自身も横に座り千香の手を握る。 「千香ね、私は日本に帰らない」 「どうして? それじゃ、なぜ輝坊ちゃんと結婚したの? 意味が分からないわ」 輝明も、千香の前に腰掛け説明しようとした。 「そ、そ・・」 「待って! 輝君。これは私... 続きをみる
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「一緒に生活できなくても、あなたがこのブラジルに生きている。それだけでも、ボクは幸せを感じ生きて行けます。ボクの意味する結婚は・・、せめて、愛する人が指輪を身に着け、常に存在を意識できると考えたからです」 亜紀は、彼の顔を直視した。輝明の言葉の意味を理解し、感情を押さえていた心が弾ける。 「輝君... 続きをみる
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「わぁ~、中は広いのね。長椅子が数えきれない。それに、ドームの天井に描かれた絵が見事ね~ぇ。ほら、見て輝君。あのステンド・グラスから差し込む夕日の・・。言葉が出ないわ」 「そう、なんと表現したらいいんだろう。哲学的、詩的な言葉にしか置き換えられない」 「私なんて、無理よ。詩的音痴だから・・」 輝... 続きをみる
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恐る恐る輝明に近づく。 「千香は?」 「うん、部屋で少し休ませている。・・・、亜紀さん、夕食まで余裕があるので、ふたりだけで話しをしたい・・」 《この胸騒ぎは、なんだろう・・か》 亜紀は頷き、輝明が示すソファに座る。 「明後日の晩に、日本へ帰る予定です」 「えっ、明後日?」 《なんだ。もっと深... 続きをみる
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そこへ、千香のために車椅子を押すマルコスが顔を出した。千香はマルコスの顔を見ると、満面に笑みを浮かべる。 亜紀と佐和が、施設内をゆっくり案内する。庭を見渡せる廊下へ差し掛かると、千香が車椅子から乗り出すように前方を見た。 「マルコスさん、ちょっと止めて! 綺麗なアジサイが咲いているわ。亜紀! ... 続きをみる
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「だって、アモール(恋愛)中だからだよ」 「ま、ま、また~、そんなことを言う」 亜紀は、チラッと輝明の顔を盗み見し、顔を火照らせ隣のマルコスの背中を叩いた。 「アモールに乾杯!」 北島が面白がり祝杯を挙げると、キョトンとしていた千香も意味を理解し、ジュースで乾杯した。 「ところで、マルコスさん... 続きをみる
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「待って! この話は・・、今は、答えられないわ」 「承知の上です。亜紀さんに負担を掛けるつもりはありません。良く考えてからで、結構です。これは、飽くまで・・、ボクの願望ですから・・」 「いいえ、輝坊ちゃんだけでなく、私の願いでもあるわ」 千香の訴える眼差しは、亜紀の心組みを撃破する。 「はぁ~ぁ... 続きをみる
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「マルコス、ふたりを明日の午前中に連れて行くから、佐和さんに連絡してね。頼んだわよ。チャオ!」 「うん、分かった。チャオ、マルシア!」 「あ、そうだ。マルコスさん、夕食を一緒にするから、後でホテルに来てね」 輝明がマルコスを誘う。マルコスは大喜び。 「やった~、行く、行きます。それに、マルコスさ... 続きをみる
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「えっ、あっ、はい。そうですが」 輝明は、突然に自分の名前を呼ばれ、うろたえ戸惑う。 「群馬県人会の高山です。お忘れですか? もう十年は経ちますからね。又、探しに来られたのですか?」 輝明は思い出し、戸惑いながらも返答する。 「ああ、その節はお世話になりました。実は、見つかりまして、今回は会い... 続きをみる
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ふたりは、それぞれに千香のことを考え、無口になる。 《千香ちゃんのことは心配だ。でも、彼女の心にはオレと亜紀さんのことで一杯なんだよなぁ。話題を変えよう》 「それでね。当初の考えでは、南マット・グロッソへ行く予定で・・」 亜紀の顔色が一瞬に青ざめ、懸命に反対した。 「それはだめ! 私のすべてを... 続きをみる
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「確かに・・、あの頃のボクは、あなたに会える喜びと同時に不安を感じていました。初めての恋心に、疑心暗鬼に押しつぶされ苦悩の毎日でした。ただ、あなたの本心を理解できたのは、水沢山の忘れ水を唇に触れたことや船上の別れ際の姿。それに、最後のデートで触れたあなたの唇と、絵葉書が亜紀さんの真意であると気付い... 続きをみる
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「待って、その話だけど、突然に言われても・・。どう考えて、どう答えて良いのか分からない」 「ええ、そうね。簡単な問題ではないと思うわ。でもね、亜紀! 輝坊ちゃんから誘われたら、曖昧な答えはしないでね。あなたの偽りのない本心で答えて欲しいの。お願いよ」 真剣な眼差しで亜紀を見る千香。亜紀は千香の深... 続きをみる
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亜紀は千香の右手を両手で包む。千香の指が手の中で反応する。 「亜紀・・。私ね・・、いつまで生きられるか、分からない。医師に一年と言われたけど、私の体がもっと短い・・と感じているの。だから、どうしてもあなたに会いたくて、来ちゃったわ。それに、輝坊ちゃんが心配で・・」 亜紀の両手は、千香の弱々しく... 続きをみる
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「うん、でもカーマで休みながら・・」 「え、なに? どこで休むの?」 「カーマとは、ベッドのことです」 北島が直ぐに説明したので、また大笑い。 「ボクは、北島さんと打ち合わせが終わっていないから、ロビーに残ります。千香ちゃんのこと、宜しくお願いします」 亜紀は千香を支えエレベーターに向かうが、... 続きをみる
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「どうしたの? 私たちの老けた顔が、見るに忍びないと思ったのね。確かに、亜紀は日焼けして若く健康的に見えるもの。妬んでしまうわ」 「うん、ボクも自分が恥ずかしいなと思っていた」 「ご、ごめんなさい。そんな目で見ていたかしら。絶対に違うわ。本当よ。長く忘れられないふたりが、現実に目の前にいるなんて、... 続きをみる
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亜紀も千香と同じものを注文する。北島と輝明はカツ丼定食を頼んだ。 「さっきね、亜紀と話をしたの。ん? 輝坊ちゃん、聞いている? ねえ!」 「あっ、えっ、なに?」 「まぁ~、嫌だ。男の人って、年取るとすぐにボケが始まるのよ」 「冗談じゃないよ! まだボケませんからね」 「うふふふ・・、相変わらず、... 続きをみる
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リベルダーデ区東洋街のホテル・ニッケイに着いたのは、昼に近い時間であった。ふたりは旅装を解き、千香は半時ほど横になる。輝明は、シャワーを浴び着替えてから、ロビーへ降りた。ロビーには、亜紀と北島がカフェを飲みながら待っていた。 「あれ、マルコスさんは・・」 「あ~、うちの運転手と一緒に食事へ行きまし... 続きをみる
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ふたりはぴたりと寄り添う形になった。亜紀は驚くも素直に腕を伸ばし、両脇から背中へと手を回す。輝明の体がピクンと反応する。彼は大きく息を吸い込み、亜紀の純白なブラウスの肩に手を置く。そして、引き寄せた。 「ようやく、あなたに会えた喜びを、心と体で実感できた」 小声で亜紀に呟く。亜紀は、その言葉に... 続きをみる
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「亜紀、私たちブラジルに来ちゃったわ。あなたに会いに。やっと会えたね?」 「ええ、でも・・。どうして私なんかを探したの?」 「それはね、後でゆっくり話しましょう。あれ、輝君は?」 千香は亜紀の手を離さずに、後ろを振り向く。 「ボクは、ここにいるよ」 「ほら、亜紀よ! 本当に亜紀よ。自分で確かめな... 続きをみる
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そこは、ひとつの出口ゲート。多くの視線が熱く注がれる場所であった。 「ボン・ヂーア! 亜紀さん、飛行機は無事に着陸しましたよ」 先に来て待っていた北島が、笑顔で声を掛けてきた。 「あ、おはようございます。職員のマルコスよ」 初対面のふたりは、にこやかに握手を交わした。同時にゲートの人だかりか... 続きをみる
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機内アナウンスが流れ、一時間ほどで国際空港に到着することを伝えた。現在のブラジル時間、天気、気温などが慌ただしくアナウンスされる。 「輝坊ちゃん、朝食を残さないで、ちゃんと食べてね」 「うん、食べているよ。だけど、体を動かしていないから、お腹が空かないんだ。千香ちゃんは、あまり食べていないけど、... 続きをみる
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「佐和さん、私にはふたりに正面から会うことができない。ふたりを裏切ってしまったから・・」 佐和は、テーブル越しに亜紀の両手を握りしめる。 「そんなことはない! あなたを探して、ブラジルまで来るつもりなのよ。必ず理由があるはず。逃げるなんて、だめ! しっかり会うことよ」 握り締められた亜紀の手に... 続きをみる
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