嫌われしもの 遥かな旅 ⅩⅡ
揺れは、日毎に激しくなる。船が傾く方へヨロヨロと歩き、まるで酔っ払いのようだ。ワシはできる限り棲み処で静かにしていた。若い黒ピカは、片時も休まない。ところが、フラフラとヤツが戻ってきた。
「どうした、具合が悪いのか?」
「あ~、気持ちが悪くて、もう歩けない」
ワシの前でバッタリと倒れ、動かなくなった。
「それは、船酔いだ」
「お酒なんか、飲んでいませんよ。まだ、未成年ですから・・」
「当たり前だ! 酒ではなく、船の揺れで酔うことだ。体が落ち着くまで、静かにして何も食べるな!」
「ん! えっ、でもお腹が空いた~。ちょっと食べてから、静かにする」
《本当に、呆れたヤツだな。食い物の執念には、呆れて言葉も出んぞ》
横浜を出港して三日後。激しい揺れも収まり、体も幾分慣れてきた。ワシは、久々にデッキへ出る。
爽やかな青々した空に、温もりの風を感じる。遥か水平線に、不思議な形の雲を見つけた。雲間から、一筋の光が海面を射している。
《あの光は、天国への階段だろうか? 神様が、早く来いとワシを誘っている。でも、神様よ。誘われなくとも、ワシの体は間近に感じている・・》
船尾に行く。群青の一望千里の海。一本の白い航跡が、水平線の彼方まで続いていた。
《この白い道を辿れば、日本に帰れるのか。愛するゴキ江よ。あ~ぁ、帰りたいぞ・・。う~ん、なんとワシは女々しい。しっかりしろ、感傷に浸っている場合ではない》
退屈な船旅が続く。船上生活に慣れた黒ピカは、相変わらず元気に動き回っている。
《海洋のど真ん中は、気持ちがいいなぁ。人間どもに気を配り、こせこせと隅を歩く。もう、うんざりだ! ゴキ江と一緒に、のびのびと生きて行きたい。無理かなぁ~》
ハワイ諸島の北からカウアイ島を横切り、オアフ島に近づいた。海の青に島の緑が調和したホノルル。アロハ・タワーの目の前、二十五桟橋に接岸した。
ワシはそわそわする黒ピカに、下船する暇はないと告げる。
「何故ですか? リーダー」
「貨物船は客船と違って、早く出港するからだ」
「どうして、違うのですか?」
「ああ、客船は観光目的で数日停泊する。だが、貨物船は積み荷がなければ、食料や飲料水を調達するだけだ。分かったな!」
「は~い、了解です。降りられると思ったのに・・。でも、この島は綺麗だな・・」
《まだ、まだ、長い旅が続く。ヤツが発狂しないことを祈る》
その黒ピカが、慌てふためき走って来た。
「リーダー! 大変です。オイラと同じ格好なのに、訳の分からない言葉で前を歩いていたよ」