嫌われしもの 遥かな旅 Ⅸ
ワシの真剣な表情から、失敗は許されないと理解した黒ピカは、翅をバタバタと動かし気を引き締める。ヨットがうねりの頂点に達した一瞬、岸壁を目がけて飛んだ。
ワシは体操選手のように触角を広げ、華麗なフォームでピッタと着地をする。黒ピカは風に煽られ、コロコロと転んでしまった。
「うっ、痛たた~。もう、痛いなあ~」
「おい、平気か?」
「ああ~ぁ、リーダーと同じに、格好良く決めたかった。残念だ」
「ケガは?」
「大丈夫です。でも、足腰がガクガクで・・」
「まあ、お前にしては、うまく飛べたと思うよ。さあ、南米行きの船を探すか・・」
「リーダー、仲間に聞けば・・」
広い横浜港の仲間探しは、非常に苦労した。ようやく、山下公園内の茂みの中で会うことができた。仲間の情報では、年齢不詳の豊満なマダム・イヤーネが、横浜港一帯の実権を握っている。下手に対応すると、気紛れで癇癪を起すから要注意だという。
公園内で、三十分ほど待たされる。マダムの手下が現れ、マリン・タワーの豪華な棲み処に案内された。
「ようこそ、いらっしゃいませ~。支部から知らせがあったわ。頭脳明晰で運動神経抜群の、ゴキ太さんでしょう? まあ~、想像以上に素敵な方ね。ウ、ウッ~ン。惚れちゃいそう。ゴキ太さん、宜しくねぇ~」
マダムは妖艶な仕草で、ワシの体をタッチした。
《ゴキ江~、助けてくれ~。ワシの好かないタイプだ。鳥り肌が立つぞ。だがな、船のために我慢しなければ・・。一時の辛抱だ!》
「やあ、やあ~、マダム・イヤーネ! こちらこそ、宜しく頼みます」
心とは裏腹に、快く挨拶を交わす。
「あら? そちらの若い方は・・、お供の方かしら? 黒く光って素敵な色合いね」
マダム・イヤーネは、黒ピカに興味津々。
「あ、いや、私は黒ピカと申します」
「ブラジルへ行かず、私の所に残りなさい。何も不自由なく、楽しく暮らせるわよ。どうかしら?」
黒ピカは大慌て、ワシに視線を投げる。ワシは困った顔を見せた。
「こ、光栄です。でも、しかし・・、リーダーをお守りする義務が・・」
「うふふふ・・、冗談よ。無邪気な坊や!」
ワシはタイミングを計り、依頼をする。
「ところで、マダム・イヤーネ。南米行きの貨物船を、早く教えてくれまいか・・」
「まあ、せっかちな方。中華街で、ご一緒に食事を考えているの。お嫌かしら?」
「いや、マダム。非常にありがたいお誘いだが、先を急いでおる」
ワシは困惑するも、とにかく聞き出して逃げるつもりだった。
「あ~ら、とても残念だわ。そうねぇ、南米行きの船・・ね。部下に調べさせ、明日にでも知らせますわ。それで、どうかしら?」