ウイルソン金井

創作小説。短編が主体ですが、長編小説も書きます。

創作小説を紹介
 忘れ水 幾星霜  偶然の出会いが必然なのか、憧れは恋へ。恋は愛へ。山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。ひょんな出会いからの交流。そして・・。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズの第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 雨宿りに続く大河内晋介シリーズの第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 怪奇な夢を見続ける主人公。夢に現れる和服姿の美しい女性。それは不思議な縁から始まるものであった。
 ア・ブルー・ティアズ 入院中の父子が生死の別れ際に触れ合う姿。その様子見た主人公が、自らの父に対する情念を考える。また、夜間の救急病院で起きる生と死のドラマ。

浸潤の香気 (大河内晋介シリーズ Ⅲ)Ⅰ

 週末の金曜日、残業で帰りが遅くなる。終電のひとつ前の電車に乗ることができた。ほとんどの乗客が座席に着くなり、疲れた体を座席の背に投げ出す。そして、目を閉じ思い思いに自分の殻の中へ没入した。
 乗客同士は肩を寄せ合うが、互いに無関心を装う。小さな車両は不思議な空間に変わる。私は、いつも孤独を意識してしまう。電車が動き出すまで、目を瞑り一日の出来事を振り返ることにした。
 終着駅のふたつ手前が、私の降りる駅である。その近くになると、車両の中は数えるほどの乗客になった。
 先ほどから前に座る女性が気になり、気持ちが落ち着かない。ときおり目が合うと、えも言われぬ感情のときめきに動揺する。彼女の透き通る眼差しに、私の心が見透かされ戸惑いを感じた。
《行きずりの恋? オレは何を考えているんだ》
 若き日の初恋。それは憧れで儚いものだ。今年で三十を迎える。郷里の親から、早く身を固めろと催促されている。
《結婚、かぁ~。歌の文句じゃないが、時の流れに身を任せ・・だな》
 電車が私の降りる駅に着いた。席を立ち、降りる前に彼女へ目をやったが、彼女の姿がない。
《あれ? オレより先に降りたのか? そんな・・》
 私は急ぎプラットホームへ。数人の乗客が改札口に向かって歩いている。やはり、彼女の姿はプラットホームにはなかった。走り始めた電車の中を見ると、あの女性が座っていた。一瞬、目が合った。
 私は気を取り直し、改札口へ行き外に出た。駅前のコンビニで夜食の弁当を買う。歩きながら、夜空を見上げた。虫の声が軽やかに聞こえる。
《風が爽やかな秋風だ。もう、夏も終わりだな。星がきれいに輝いている》
 スーッと私の前を何かが通り過ぎた。
《えっ、なんだ!》
 私は周りを見渡したが、何も動く気配はなかった。
《錯覚かぁ~》
 その夜、あの女性のことが心に残り、寝苦しく熟睡できなかった。もやもやした気分で朝を迎える。土曜日だが、昨日の仕事が残っていたので会社に出掛けた。
「大河内主任! おはようございます」
 出勤すると、昨年入社した若月が元気いっぱいに挨拶してきた。
「やあ、おはよう」
「何か、顔色が良くないですね。二日酔いですか?」
「ばかな・・、オレは酒を飲まない」
「え~、本当ですか?」
「ああ、嫌いだ・・」
「それは残念だ。今晩、社内の婚活パーティがあるんですよ」
「頑張って来いよ」
「は~い、頑張って来ます。かわいい子がいたら、後で紹介しますね」
 黙って仕事を始めたが手に付かず、一時間ほどで止めてしまった。どうしても、昨晩の女性が頭から離れない。
 翌週、仕事が終わっても直ぐに帰宅せず、池袋に寄って食事や買い物などで時間を費やした。終電のひとつ前の電車に乗る。同じ車両に座り彼女を待ったが現れなかった。それから一週間、必ず会えると信じ乗り続ける。
《オレは何をやっているんだ。まるでストーカーじゃないか》
 次の金曜日、車両の隅に座っている彼女の姿を見つけた。私の心臓がドクンドクンと強く打ち鳴らす。私は車両の中ほどに座り、長い髪をまとめた和服姿の彼女に見惚れた。
 私の降りる駅に近づくと、彼女が席を立ちドアーの前に行く。
《えっ? 彼女がここで降りる?》
 私は慌てて席を立ち、ドアーの前に並ぶ。彼女の後ろに立つも、なぜか存在感が感じられない。ただ、オーデ・コロンではなく、奇妙な香りがほのかに漂ってきた。
《不思議な香りする。なんの匂いだろう。お香?・・》

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