冥府の約束 (大河内晋介シリーズⅡ)Ⅵ
「赦免されたお坊さんがお堂を建てたときにじゃ、扉の秘密を許婚の八重に知らせよった。初秋の一週間だけ漁師の雄太と会える。が、必ず約束を守るよう言い聞かせた。扉の向こうは現世ではない。だから、この世の者が足を踏み入れてはいけないのだ。踏み入れば、生死の条理をから外れ、現世に戻れなくなってしまう。
じゃがな、一度だけ助かる方法を教えた。それは、お盆の精霊迎え舟と送り舟の麦わらの燃えさしを、目印の赤い小箱の中へ入れて懐に忍ばせておくことじゃよ。万一、扉の中に踏み入ってしまったら、小箱の燃えさしを髪に結わえれば現世へ戻れるという」
ここまで説明すると、急に眉をひそめる。
「小箱を渡すときに、大事なことを言い忘れた気がする。そのことが、ずっと気懸かりだった」
「それは、どんなことですか?」
「それは・・、確か・・、赤い小箱を友達に預けたと言ったわな。それに、中に燃えさしが無いと」
「はい、言いました」
「ワシは、奇妙に思った。もしかしたら、あの子は燃えさしを最初から髪に結び付け、自分の意志で入ることを望んだのかもしれん・・」
岩崎翁は、小さな肩を落とし、ため息を漏らした。
「赤い小箱を持たず、自分の意志で扉の中に入ることは許されないことじゃ。大変危険だ。あの子は麦わらの燃えさしがあれば、大丈夫と勘違いしたのではないか。赤い小箱が、八重と雄太への目印だった。他の邪鬼どもには通用しない」
《あの赤い小箱には、そんな意味があったのか・・。それにしても、一年後の遺体は?》
「でも、燃えさしがあれば・・」
「燃えさし? うん、燃えさしは三途の川を渡る通行手形みたいなもんじゃよ」
「通行手形なのか? それでは、昨年に紗理奈さんと会えたのは、何か意味があるんでしょうか?」
「そうよなぁ、ワシには見当がつかない不思議なことだ。なんせ、何百年もの間に誰も調べる者がいなかった。どうしてあの子が・・」
「・・・」
「ただ言えるのは、生前を知っている人間が、あの子に会ってはいけん! 特に親しい間柄は・・、だから大学の友人を会わせてはいかん。よいな!」
「はい、分かりました」
しばらくして、私は岩崎家を去った。別れ際に、この話は他言しないよう強く約束させられた。また、今年のお盆を最後に、お堂の扉を永遠に封印させるという。
その日の夜、東京へ戻る。
翌日、大学近くのレストランで食事をしながら、岩崎翁の話を福沢准教授に伝えた。話の内容に心を動かされた様子で、しきりにメモを取る。今年の初秋に、私と一緒に行くことを願ったが、岩崎翁の強い言葉を伝え否応なしに諦めさせた。
「あれほど強く否定したので、何か理由があるはず。だから、諦めてください」
「う~ん、参ったな。残念だけど諦めるか・・。しかし、事が済んだら詳しく話してくださいよ」
「ええ、もちろん話します。それとも、初秋前に一度行ってみますか?」
「行きましょう、行きましょう。ある程度の知識を得たので、違った角度から分析できる。俄然面白くなりましたね」
「やはり、大学の先生ですね。私は分析とか関係ないです。単に興味本位ですから」
「いや、いや、紗理奈さんのことが頭から離れない。忘れたくとも消えない事件でしたから・・」
《もしや、ふたりは交際していたのかな? 変哲もない赤い小箱を大事に保管していた。多分そうだろう。岩崎翁も感じていたようだ》
大学が夏休みに入った七月下旬に、私も有給休暇を利用して一緒に佐渡へ出かけた。