偽りの恋 ⅡⅩ
日曜日の朝、佐藤さんが突然に訪ねて来た。俺は急いで玄関に行く。白い日傘をさした佐藤さんが、門の前に立っていた。
「おはよう、金ちゃん・・」
「やあ、おはよう。どうしたの?」
「突然に、ごめんね。今日、時間が有るかしら?」
「いや、約束が有って、これから東京に出掛けるんだ」
佐藤は、俺の返事に肩を落とす。
「そうなんだ・・。じゃ、ダメか・・」
「うん、ごめんな」
「金ちゃんのことだから、彼女とデートでしょう? 羨ましいな・・」
恨めしそうに、俺を見つめた。
「彼女とデート? とんでもない、ただの知り合いさぁ」
「急だから、仕方ないものね。次は、早めに知らせるわ」
日傘をクルクルと回転させ、帰って行った。
朝食のパンと牛乳を食べ、忙しく支度を済ませ寮を飛び出す。小田急線の快速列車に、ギリギリに間に合い乗車できた。
約束の日比谷公園に着く。噴水の前にあの人が待っていた。遠目に姿を確認したとき、喜びと悲しみの感情が交互に湧き上がる。心は急くが、足が覚束ない。
「遅くなって、申し訳ない」
顔をまともに見られない俺。傍から見れば、無様な姿に思えるだろう。
「ううん、問題無いわ。私も来たばかりよ」
互いの心にわだかまりを持つも、自然に並んで歩き始めた。
「ここに来るのは、懐かしいね」
「ええ、そうね。日比谷公会堂で聴いたフルートの音色、凄く心に響いたわ」
ジャン=ピエール・ランバルの黄金のフルートが聴きたくて、俺がチケットを購入し強引に誘った。奏者の黄金のフルートが舞い、斬新な音色が公会堂内に響き渡る。
二人で過ごした様々な記憶が、音色に合わせて甦り俺の心を震わせた。小さく吐息を漏らす。
「どうしたの?」
あの人は、俺の吐息を感じたようだ。
「えっ、何も・・」
「どこかで、お茶でも飲みませんか?」