偽りの恋 ⅩⅨ
その後、寮生活にも慣れ、平凡な日々が過ぎて行く。
七月の日曜日に、寮生のひとり山倉が結婚した。相手の実家がある田園調布の教会で、結婚式を挙げる。俺たち全員が参列。教会の結婚式は、初めての経験だった。
その夜、俺は夢を見た。教会で結婚式を挙げる俺がいる。聖壇の前に立ち、花嫁を待っていた。オルガンが鳴り響き、花嫁がバージンロードを厳かに歩いて来る。
神父に勧められ、花嫁のベールを持ち上げた。ベールを持つ手が、震える。
「ち、違う。知らない・・、誰なんだ?」
ベールに隠された女性は、あの人ではなかった。
突然に目を覚ました。時計を見ると、真夜中の1時過ぎだった。再びベッドに横たわるが、目が冴え眠れない。朝まで悶々と過ごす。授業中も頭から離れない。
午後の授業が終わり寮に戻ると、俺宛に手紙が届いていた。見慣れたあの人の文字である。急ぎ部屋に戻り、封を開けた。
あの人は大学を諦め、料理学校へ通っていた。近々、目黒の伯母の家から、高崎に帰るという。次の日曜日に俺と会えるかの、問い合わせの内容だった。
夕食後、手紙に書かれている電話番号へ、俺は掛けた。3回目のコールで、受話器から懐かしいあの人の声が耳に響く。久々に俺の心がときめく。
「もしもし、元気だった?」
「やあ、どうにか元気にしているよ。君は?」
「ええ、私も・・」
「そう、それなら良かったね」
二人の会話は、ぎこちない話し方だ。俺の脳は、過去の楽しい思い出を探し求める。
「それで、次の日曜日に会えるかしら?」
俺は素直に答える勇気が出て来ない。でも、会いたいことは、事実だった。
「うん、俺も会いたいと思っていた」
あの人は、場所と時間を知らせた。俺は承諾する。
「じゃ、その時まで・・」
「ああ、楽しみにしている」
受話器を置いた。昔の俺だったら直ぐに切らず、できる限り会話を延ばしたはず。