謂れ無き存在 Ⅸ
「分かった、一緒に行こう。でもさ・・。その前に、真美のことが知りたい」
俺は気心が知り得たと考え、肝心な事を切り出す。すると、彼女の表情が硬化した。
「話すのが苦痛なら、追々でいいよ」
真美を追い詰める気持ちはない。待つしかないと思った。
「いいえ、話すわ。もう、隠す必要がないもの。洸輝さんには、大事なことですものね」
新しく紅茶を入れてくれたので、飲みながら頷いた。彼女は、カップを持って庭の見える窓際へ行く。立ったまま外を見詰め、紅茶を一口啜ると話し始めた。
「この家は、母方の祖父母の家。アメリカのミシガン州にいた私が相続することになり、昨年の五月に日本へ帰って来たの。でも、私独りで住むのが嫌で、高崎市内にアパートを借りて住んでいるわ」
「じゃあ、近くに家があると言ったのは、事実だったんだ」
「ええ、そうよ。ゆっくり話せるのはこの家と思い、途中で切り替えたの。正解だったわ」
テーブルに戻り、俺と向き合って座る。
「えっ、何が正解?」
「・・・」
真美は恥じらい、上目で俺の顔を見る。俺は直ぐに察し、照れ隠しに笑う。
「あっ、あぁ、そうだね・・。フフ・・」
急に新たな表情を見せる。物静かだが毅然とした様子。その中に悲愴感が漂っていた。真美の話に、俺は姿勢を正す。
「ありがとう、洸輝さん。真面目に聞いてくれて・・」
「・・・」
俺は小さく頷き返した。
「私も、洸輝さんと同じよ。産まれた時、既に両親はいなかった。ユダヤ系ドイツ人で父の友人夫婦に育てられたの。厳格な教育を受け、毎日がメランコリーな日々だったわ。でもね、私のことをメッチェンと呼んで可愛がってくれた」
「何、その言葉は?」
「ああ、ドイツ語で少女とか乙女の意味よ。面白いでしょう。ふふ・・」
「ふ~ん、君にぴったりだね。でも、真美という名前は誰が付けたの?」
「それは、この家の一人娘だった母の祖父母らしいわ」
秋の夕暮は早い。いつの間にか、家の中が薄暗くなった。真美は話を止めて、家の灯りを点ける。俺の顔にチラッと目線を送ると、冷蔵庫を覗き込む。
「夕飯を用意するけど、食べるでしょう?」
今日はバイトの仕事も無かったので、俺は頷いた。彼女はナポリタンを作るようだ。
「あっ、俺も手伝うよ」
真美は嬉しそうに笑顔を見せる。
「本当に・・?」
「うん、いつも自炊しているから、真美より上手いかもしれない」
「いいえ、私の方が味付けは上手よ」