ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第六章 Ⅱ

 夢の中に沈みながら、輝明はふたりの存在を推し量る。目の前にいるのは、いつも千香である。しかし、意識するのは、後ろに見え隠れする亜紀の存在であった。それが、今はふたりが並び、同時に声を掛ける。どちらの声を優先に聞けばよいのか、輝明はもどかしさに悩みもがく。
《オレが物心つく頃には、千香ちゃんが常に傍にいた。共に泣き、笑う。時には意地で優劣を競うライバルであり、互いの弱みを補う仲間でもあった。ただ、好き嫌いの感情は考えも及ばなかった。そう、千香ちゃんは恋を語らう女性ではない。オレが千香ちゃんに恋の告白したら、ぶん殴られちゃうよな。ムフフ・・》
 輝明はベッドの中で、幾度も寝返りながらほくそ笑む。
《だけど、愛を感じていた。不思議な愛だ。特に、母ちゃんが亡くなった後に、強く感じた。あの愛がオレを強く生かしてくれた。千香ちゃんが結婚すると聞かされたとき、オレは矛盾を感じながらも、悲しくて橋本さんに嫉妬したよなぁ。幸せな笑顔だった・・。橋本さんが亡くなったとき、千香ちゃんはオレの胸で号泣した。オレは慰める言葉を失った。あ~ぁ、オレは何と薄情な奴と嘆いた・・》
 うなされ、声を出すも目は覚まさない。
《亜紀さんは、オレの前に突如現れた。オレに、新しい感情の芽生えを意識させたのは、亜紀さんだ。彼女に対する憧れは、思慕の念に変わり恋の文字がオレの脳裏を支配した。恋は悩み苦しむもの。若いオレも苦しんだ。だけど、恋は苦悩の末、一瞬にして愛へ脱皮した。微かな唇の感覚、船上の姿と二枚の絵葉書が・・》
 深い眠りは体だけを癒す。輝明の脳は考えることを、しきりに催促した。
《その苦しみを支えたのは、やはり千香ちゃんの慈愛だ。千香ちゃんはオレに静穏を与え、亜紀さんの情愛は、オレに生きる希望をもたらした》
 翌朝、輝明は寝過ごした。体は軽いが頭は重い。遅い朝食を食べて、急ぎ病院に出掛ける。病室のベッドに千香はいなかった。窓から外を眺めていると、車椅子に乗る千香が看護研修生に押されて戻ってきた。
「おはよう、輝坊ちゃん。寝坊したのかな? 髪の毛がクシャクシャよ」
 図星をさされ、頭を撫でる。
「や、ばれたか! それで、千香ちゃんは?」
「うん、まあまあね。でも、朝食にお粥が食べられたわ」
「そう、良かったね。それで、昨晩、亜紀さんから電話が来たよ」
「本当? 内容は・・」
「事情があって、まだ日程が決まらないようだ」
 千香は、本当にがっかりした様子だった。若い看護師が病室に入ってくる。
「橋本さ~ん。点滴の時間ですよ~」
「は~い。待っていましたよ~」
 輝明は、千香の状況を見て安心する。兄の会社に行くことを決めた。
「オレ、ちょっと会社に行ってくる。奈美ちゃんが午後に来るからね」
「は~い、了解しました~」
 点滴を準備していた看護師が、クスクスと笑いだした。
《良かった。あの調子なら安心だ》

×

非ログインユーザーとして返信する