忘れ水 幾星霜 第六章 Ⅲ
数日間は、病状も安定していた。神戸から転院して三日後の日に、緩和ケアの一環として一時帰宅が許された。輝明の家は、千香のために介護用ベッドや器具が用意され、窮屈な状態になっている。
「ま~ぁ、輝坊ちゃんが住んでいる家は、こんなに窮屈なの?」
「仕方がないだろう。千香ちゃんのために揃えた器具で、一杯だもんね」
とにかく、千香が生活するには、大変な環境だと輝明は思っていた。ヘルパーを依頼してあるので、来たら相談するつもりでいた。もちろん千香の意見も聞く必要がある。
「こんにちは、ヘルパーの鈴木ですが・・」
「あ~、中へどうぞ。早速で悪いんだけど、部屋の中を整理したいのでお願いします」
タイミング良くヘルパーが来たので、千香の意見を参考に部屋の整理を行なう。一時間ほどで、千香が気持ち良く生活できる環境になった。千香が湯船に浸かりたいと言い出したので、輝明は買い物に出掛ける。
夕方には、訪問看護の八木さんが点滴の交換にやってきた。ついでに尿のバルーンも交換してもらう。
「千香ちゃん、一日中、落ち着く暇が無かったけど、疲れなかったかい?」
「ううん、大丈夫よ」
千香のベッドを、居間にいる輝明と話せる位置にセットする。輝明にしても、千香の状況を常に把握する必要があった。
他愛無い番組のテレビを見ながら、久々に喋り戯れる。時折、ベッド上の千香の体を、リモコンで起こしたり寝かしたり位置を替えた。
千香が眠そうな気配を見せたとき、輝明の携帯に着信音が鳴る。亜紀からだった。
「はい、輝明です。あっ、亜紀さん!」
ベッドの千香が反応して、輝明を見詰める。
「うん、元気だよ。そう、良かったね。今、ここに千香ちゃんがいるよ。待ってね!」
輝明は、携帯を千香に渡す。
「亜紀、私よ。元気なの?」
「ええ、私は元気よ。千香、今日は家に戻れたのね。良かった・・」
「亜紀、それで、いつ会いに来るの。待ちくたびれて、天国に行ってしまうわよ」
「何を、バカなことを言うの。もう間もなくよ。手配できたから・・」
「本当? じゃぁ、直ぐに会えるのね・・」
「もちろんよ・・。それに、千香が好きなマルコスも一緒よ」
「ほ、本当、本当に、本当なのね。あ~、嬉しい。奈美と貴志に会せるわ」
隣で嬉しそうに聞いているが、輝明は内心ではやきもきと待っている。
「だから、バカなこと言わないで・・」
「分かった。輝坊ちゃんに替わるね」
輝明の様子を感じた千香は、携帯を返した。
「亜紀さん、詳細が決まり次第に連絡くださいね」
「輝君、何をイライラしているの。駄目よ、千香の前では・・」
「うん、分かりました」
「じゃぁ、ね。愛してるわ・・」