偽りの恋 ⅥⅩⅦ
彷徨う俺の脳は、ハムレットの心境だ。恋か夢か、どちらを選ぶ。千恵に会うまでは、夢を現実に選んでいただろう。だが、彼女が目の前に現れ、俺の現実を夢から恋に浸食させよう試みている。
「千恵ちゃん、俺の脳が惑乱してる。困ったね」
俺の瞳を縛り付けたまま、鼻先をピンピンと弾き笑顔を見せた。
「と、言うことは、断れないのね? ふふ・・」
「ああ、確かにそうだ」
隠せない心情を打ち明けてしまった。
「じゃ、諦めなくてもいいんだ。あ~ぁ、ホッとしたわ」
ようやく、俺の瞳を開放する。不思議なことに、俺も安堵した。
「でもね、千恵ちゃん。少しせっかち過ぎるよ」
「ん? 何がせっかちなの? 私、気短じゃないわ」
俺はあのバス旅行から、今日までのことを話した。
「あのときは、佐藤さんの紹介で知り合った。今回は、前触れも無く現れ、弥彦まで同行した。でも、千恵ちゃんと知り合って日が浅い。お互いに理解ができていない状況だ」
彼女の眼差しに強さを感じない。むしろ、うっとりしている。
「千恵ちゃん、ちゃんと聞いている?」
「え、何を・・」
千恵は完全に自分の世界へ。俺は嫌な予感を感じた。この場で説得するのを、諦めるしかない。
「もう、いいから。別な日に話すね」
千恵の肩を揺すり、夢の世界から引き離す。
「さぁ、帰ろうよ」
「うん、帰るわ。でも、金ちゃんは、どうするの?」
独りで帰るのが、不安らしい。
「俺も一緒に帰るよ」
俺を見る眼差しが、一気に光り輝く。その眩しさに、俺の脳が一瞬に意識を失ってしまった。
「金ちゃん・・」
千恵の甘い声に意識を取り戻すが、俺の唇に愛らしい唇が触れていた。
「いつの間に?」
唖然とする俺は、唇を重ねたまま呟く。千恵も唇を離さず、いたいけに笑った。