ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

浸潤の香気 (大河内晋介シリーズⅢ)Ⅲ

「もう時間がない。今日は、これまでね。沈香(じんこう)の話は、次の金曜日にするわ」
《もう時間が無いって! またかよ~。いいさ、もう慣れっこだぁ》
「ん、ところで沈香って? あっ!」
 一瞬の光が私を襲い、目の前が見えなくなった。しばらくして、慣れた目に元の駅前が戻る。心身に疲れを感じた。
 次の金曜日までに、千代が話そうとした沈香のことを調べる。沈香は香木の意味であった。沈香の歴史は古く、六世紀前半の仏教伝来と共に日本へ紹介され、宮中内で焚かれ親しまれた。
 東南アジアの熱帯雨林に育つジンチョウゲ科の常緑高木。倒木後、土中に長期間埋もれたものが特殊な樹液を出す。その中で、伽羅(きゃら)と呼ばれるものが珍重扱いされ、奈良の正倉院に最高品の伽羅二本(全浅香と黄熱香)が、奉納されているという。
 現在では、数少なく貴重なため、国際条約で輸出入が禁止となっている。ネットで調べると、オークションに高価格で出品されていた。
《千代は、私に何を求めるのか? そもそも、彼女は何者なんだろう?》
 約束の金曜日がやって来た。出社しても落ち着かない。不審に思った若月が、昼食を誘う。
「主任、心配事があるみたいですね。昼食を一緒にどうですか?」
「そうだな。たまには、一緒に食べに行くとするか」
「良かった。じゃあ行きましょう」
 会社に近い京橋の和食専門店へ行く。昼時でも落ち着いた雰囲気の店で、私は好きであった。ふたり揃って天ぷら定食を頼む。
「主任は、何を悩んでいるのですか?」
 私は迷ったが、ありのままを話した。彼は箸を置き、しばらく考えた。
「いや、いいんだよ。真剣にならなくても・・。いつものことなんだ」
「ん~、でも、不思議な女性ですね。それにしても、いつものことって?」
 私は、自分で体験したことを説明する。若月は驚き、私の顔をまじまじと見た。
「夢って、楽しいことより不可解な内容の方が、圧倒的に多いと思いませんか。それが現実に結びつくなんて、考えられない話です」
「うん、確かに多いと思う。あの化身は、私だって信じられなかった」
「それにしても主任! お堂の邪鬼を想像するだけで、怖くて身がすくみますね」
「そりゃあ、私だって思い出すたびに震えるよ」
「そういえば、祖父が沈香を持っていますよ」
「そ、それは、本当か?」
「ええ、間違いないです。香木を集めるのが趣味で、大切に保管している。小さい頃、匂いを嗅がせられた記憶がありますから・・」
「いつか、紹介してもらえるかな?」
「はい、確かめてみます」
 食事が終わり会社へ戻る途中、若月は携帯で祖父に連絡した。
「主任、祖父はいつでも構わないそうです」
「そうか、ありがとう・・。今夜の話し次第だな」
「ところで、今晩・・」
「なんだ?」
「今夜、私も同行して・・、宜しいでしょうか?」
「いいけど、でもなぁ~・・。相手が了承するか疑問だ。確認するまで、絶対に近寄らないこと。とても危険な世界だ。悪いが、責任を負えないかも・・」
「分かりました。責任は自分にあります」
 仕事を終え、池袋で軽い夕食をしながら時間を過ごした。ようやく、終電前の電車に乗ることができた。目的の駅に近づくと、若月は寡黙になった。私も敢えて話しかけない。

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