浸潤の香気 (大河内晋介シリーズⅢ)Ⅱ
ドアーが開き外の風が舞い込んできたが、その香りは私の鼻腔に残った。
彼女が車両から降りる。私も続いて降りた。プラットホームには彼女と私だけであった。改札口を通り抜け、静かな駅前に出たが私は困惑した。
「はて、ここはどこだ・・」
見た事も無い駅前の景色に、唖然とする。眼前に広がる殺風景な荒れ野。奇抜な岩山が幾つか見え、空は薄紫のどんよりとした雲に覆われていた。
私は振り向き、降りた駅名を確かめる。間違いなく私が降りる駅であった。駅の明かりが眩しく目に入る。
「おほほ・・」
突然、女性の笑い声がしたので、驚いて横に顔を向けた。しっかりと目が合う。その眼差しに、私の心が吸い込まれそうだ。
「・・・」
「何を驚かれたの? ようやくお話ができるわ」
「あ、あのう・・。一体これは?」
「後ろに見えるのが、あなたの世界。前に見えるのが私の世界なの」
荒涼たる原野。改めて見渡す。
《これが彼女の世界? オレの世界が後ろにある?》
「これは、どう考えても分からない。あなたは誰ですか?」
彼女が近寄り、私の耳元に囁いた。あの香りが私を包む。
「あなたは、大河内晋介さんでしょう?」
「ええ、そうですが・・」
「あなたに、私を助けてもらいたいの」
「えっ、私に?」
間近に迫る彼女の顔。その切迫した緊張感伝わってくる。
「そうよ。あなたの力が必要なの。お願い・・、助けてちょうだい」
「助けるなんて、私には特別な力が備わっていません。平凡な人間です」
「いいえ、こうして私と話していることが、特別な力を証明していることよ」
確かに、最近は気味が悪い夢や経験を続けている。どうしてなのか、自分でも不思議に思っていた。
「それで・・、あなたは?」
「千代と申します。既にお判りでしょう? 私はこの世の者ではありません」
私は大きく息を吐いた。
「そうですか・・。では、私が立っているのは、あの世との境界線ですか?」
「そうよ。ですから、決してそれ以上前に出ないで・・。邪鬼があなたを狙っているわ」
背筋に悪寒を感じた。
《邪鬼がオレを狙っている? 何故なんだ、オレって何?》
「うふふ・・、困ることはないわ。私たちの世では、あなたは有名なの。救世主よ」
「え~、救世主? 嘘でしょう!」