偽りの恋 ⅡⅩⅤ
浅黄色の封筒から、丁寧に畳まれた便箋を取り出す。
俺はドキドキしながら広げた。優しい文字が、踊るように書かれている。
『ほんの僅かな間だったけど、あなたに会えて良かったわ。弟のような、彼氏のような。どちらでも構わない。身近に話せた男性は、あなたが最初で最期の人。ありがとう。
やりたいことが沢山あったわ。もちろん、外国旅行も行きたかった。でも、無理だった。死んだら、何もできないもの。残念だわ。
金本君、長く生きてね。そして、夢を叶えようと思ったら、左右に折れず迂回せず、真っ直ぐ前を見るのよ。私の分まで、頑張って!』
便箋の数か所に、滲んだ痕跡があった。短い彼女の人生を悲哀に思い、涙に残したのであろう。
翌朝、長谷川さんの死を知らされた。
病院の安置所に眠る彼女。俺は別れを告げる。
「そうだね。たった一度の人生だ。夢を叶えるべきだと思う。ありがとう、長谷川さん」
その一週間後に、ようやく退院が認められた。
仕事に復帰できるも、以前のような活力が見いだせない。心にわだかまりが残り、体が重く感じる。
一ヵ月後、会社に退職願を出した。職場の仲間から反対されたが、俺の強い意志に降参する。
「自分の夢を求めたいんだ。簡単じゃないけど、諦める訳にはいかない」
俺の生活が不安定になる。あの人も心配した。
当時の俺は、どちらかと言えば恋に猛進していた。それが、入院生活と長谷川さんの死が、俺の歯車を変えてしまったようだ。
「会社を辞めて、どうするの?」
「うん、外国へ行くつもりだ」
「私は、どうすれば?」
そう、俺は卑怯だ。恋だ愛だと俺は騒いだ。それでいて、あの人の心を傷つけている。
「もちろん、一緒に・・」
俺はあの人の気持ちを理解していない。
「それは、・・・」
徐々に二人の溝が深まる。俺は両方を求める身勝手な行動に出てしまった。