偽りの恋 ⅦⅩⅠ
彼女は、鷹揚に構え、唇を差し出す。
「ムードの無いキッスなんて、なんか変だよ」
「これで、いいの。外国なら、日常茶飯事でしょう」
「あ~、それは挨拶のキッスだ。ハグと同じさ・・。ムム・・」
千恵の唇が、強引に俺の口を塞いだ。俺の脳が、簡単に受け入れる。既に挨拶のキッスではなく、恋のキッスに変わりつつある。
「ん?」
駅前のロータリに、一台のタクシーが入って来た。
「ま、待って・・。タクシーが来た」
千恵の体を引き離す。
「もう、またなの? どうして、肝心な時に邪魔が入るの。頭に来ちゃうわ」
不満の声を上げ、タクシーを睨みつける。
「仕方ないだろう。でもさ、タクシーで帰れるから、良かったじゃないか」
彼女を無視して、タクシーに手を挙げ合図した。後ろの座席に並んで座るが、千恵は半身になって、無言で外を眺め続ける。喋ることなく、女子寮の前に着いた。
「さあ、着いたよ」
タクシーから降り、彼女の荷物を渡す。
「じゃ、またね」
たった一言。別れも感謝も無い。後ろを振り返らず、寮の中へ消えた。
「なんだよ、あの態度。本当に憎たらしい小悪魔だ」
俺はほんの僅か眺めたが、玄関ホールに人影が見えたので立ち去る。
「金ちゃん! ちょっと待ってよ」
背後から呼び止められた。俺は嫌な予感を覚え、静かに振り向く。予感が当たった。
「お疲れ様。我が儘な子だから、大変だったでしょう?」
やはり、佐藤さんだった。
「えっ、なんで、どうして、知っているんだい?」
俺の顔が真っ青、頭の中は真っ白になった。
「うふふ・・、もちろん知っているわ。だって、私が行かせたのよ」
「え~、驚き、桃の木、山椒の木。ど、どうしてさ?」