雨宿り Ⅰ
日常で見る夢は、自分本位の希望や憧れなどの空想に過ぎない。儚く散ることが多々あるも、自分の意志によって実現する可能性も否定できない。
眠りの中で見る夢は、決して自由にはならない。意外な展開に現実の感覚が痺れ、あらゆる感情をその世界へ誘惑する。ただ、必ずしも結尾に至るとは限らない。目覚めて安堵するか、苦悩や後悔に陥るかは人それぞれだ。
この数日、奇妙なことに同じ内容の夢を見ている。
突如、西の空が真っ黒な雲に覆われ、激しい風と大きな雨粒が落ちてきた。傘を持たない私は家路を急ぐが、なぜか途中で道に迷う。篠突く雨に変わったので、やむを得ず古い民家の軒先に身を寄せた。ポケットからハンカチを取り出して顔や腕を拭う。
「ごめんなさい」
どこから現れたのか、和服姿の女性が軒先に飛び込んで来た。着物はぐっしょりと濡れている。私は慌てて端に避ける。隣の女性が胸元に手を置き、息を整える様子が感じられた。私は黙ったまま激しく降る雨に目を向けているが、意識は隣の見知らぬ女性に向けていた。
「こっほん」
小さな咳が聞こえ、つい横に目をやってしまった。
《えっ、どうして? 嘘だろう・・》
私の横には誰もいなかった。辺りを見回すにも狭い軒先だ。せいぜい三人が立てる空間しかない。女性が立っていた場所を見ると、着物から垂れた雨の痕跡が残っている。私はどうしたものかと背筋を伸ばし考えた。
《確かに和服姿の女だったよなぁ。それに声も聞こえた。嫌だなぁ・・》
「あの~」
突然に横から声を掛けられ、心臓が飛び跳ねた。
「は、はい!」
振り向くと、いなくなったはずの女性が私を見詰めていた。私はまじまじと見返した。
「驚かせて、ごめんなさいね」
「いいえ、大丈夫です。でも・・」
今、消えていなくなった。と聞けない私は困惑した。
「家を探している途中にこの雨でしょう。急いでこの軒先に逃げ込んだの。ご迷惑だったかしら?」
「迷惑じゃ、ないですよ。お気の毒に。私も道を間違えて、ここに来てしまった」
話しながら、相手の様子を窺った。稀にみる絶世の美人だ。
《なんと、初めてだ。こんな美しい女性と話すことができるなんて・・》
しばらくすると雨が上がり、西日が差してきた。女性は眩しさに手のひらで遮る。
「私はお先に失礼するわ。お元気で!」
私が行こうとする反対方向へ去った。その後ろ姿は、この世のものとは思えないほど艶めかしく美しかった。
目が覚め、夢の記憶が微かに残るが、日常はさほど気にすることなく過ごす。
二日続けて同じ夢を見た。何故だろうと違和感を持ったが、特にそれ以上の意識をしなった。さすがに三日目となると、目覚めた瞬間に疑問と恐怖が湧きあがる。
《なんだ、この夢は・・。同じ夢を三回続けて見るなんて在り得ない。普通なら見たいと願っても、全然違う夢になってしまう。それが当然だろう》
四日目の夜、楽しいテレビ番組を観て過ごす。少々不安だがベッドに入り、リラックスな交響曲を選び聴きながら眠ることにした。
東京へ出張して帰りが遅くなった私は、最終バスに乗るため一番奥にあるバス停へ向かう。駅前から離れているので薄暗い。バス停には髪の長い女性が一人だけ待っていた。待つ間に雨が降り始め、私はバス停の小さなひさしの下へ移動する。
「今晩は、またお会いしましたね」
バス停の見知らぬ若い女性から声を掛けられ、ハッと驚き顔を向けた。
「えっ、どなたでしょう?」
「あら、もう三回もお会いしたでしょう。お忘れになったの?」
確かに、あの軒先で一緒に雨宿りした女性であった。どう答えればよいのか戸惑う。
「ごめんなさい。あの時は和服でしたから・・。雰囲気が違って・・」
「そうでしたわ。茶道に呼ばれる以外は和服ではないの」
最終バスが到着してドアーが開く。先に乗るよう勧めると、彼女は寂しげに首を横に振った。動き出したバスの中から、バス停の彼女を見るが姿はなかった。
けたたましい目覚まし時計の音に起こされた。