「マルコス、ふたりを明日の午前中に連れて行くから、佐和さんに連絡してね。頼んだわよ。チャオ!」 「うん、分かった。チャオ、マルシア!」 「あ、そうだ。マルコスさん、夕食を一緒にするから、後でホテルに来てね」 輝明がマルコスを誘う。マルコスは大喜び。 「やった~、行く、行きます。それに、マルコスさんじゃなくて、マルコスでいいよ」 「O・K! チャオ、マルコス!」 亜紀と輝明は自然に手を握り合わ…
「えっ、あっ、はい。そうですが」 輝明は、突然に自分の名前を呼ばれ、うろたえ戸惑う。 「群馬県人会の高山です。お忘れですか? もう十年は経ちますからね。又、探しに来られたのですか?」 輝明は思い出し、戸惑いながらも返答する。 「ああ、その節はお世話になりました。実は、見つかりまして、今回は会いに来ました」 改めて頭を下げ挨拶すると、亜紀の顔を見るなり紹介した。 「この人です」 亜紀は思わ…
ふたりは、それぞれに千香のことを考え、無口になる。 《千香ちゃんのことは心配だ。でも、彼女の心にはオレと亜紀さんのことで一杯なんだよなぁ。話題を変えよう》 「それでね。当初の考えでは、南マット・グロッソへ行く予定で・・」 亜紀の顔色が一瞬に青ざめ、懸命に反対した。 「それはだめ! 私のすべてを失くした場所よ。それだけは、やめて!」 輝明は、彼女の必死な形相に、落ち着いて話し掛ける。 「分か…
「確かに・・、あの頃のボクは、あなたに会える喜びと同時に不安を感じていました。初めての恋心に、疑心暗鬼に押しつぶされ苦悩の毎日でした。ただ、あなたの本心を理解できたのは、水沢山の忘れ水を唇に触れたことや船上の別れ際の姿。それに、最後のデートで触れたあなたの唇と、絵葉書が亜紀さんの真意であると気付いた瞬間でした。遅すぎましたけど・・」 亜紀は、恥ずかしく顔を赤らめ、俯いて彼の話を聞いていた。 「…
「待って、その話だけど、突然に言われても・・。どう考えて、どう答えて良いのか分からない」 「ええ、そうね。簡単な問題ではないと思うわ。でもね、亜紀! 輝坊ちゃんから誘われたら、曖昧な答えはしないでね。あなたの偽りのない本心で答えて欲しいの。お願いよ」 真剣な眼差しで亜紀を見る千香。亜紀は千香の深淵な言葉を理解した。千香が疲れた様子を見せたので、ベッドに移し横にさせる。 亜紀はベッドの横に腰掛…
亜紀は千香の右手を両手で包む。千香の指が手の中で反応する。 「亜紀・・。私ね・・、いつまで生きられるか、分からない。医師に一年と言われたけど、私の体がもっと短い・・と感じているの。だから、どうしてもあなたに会いたくて、来ちゃったわ。それに、輝坊ちゃんが心配で・・」 亜紀の両手は、千香の弱々しく愛しい手をしっかり抱え、彼女の心肝にある不安を受け止めた。 「輝君のご家族は・・」 心もとない声で…
「うん、でもカーマで休みながら・・」 「え、なに? どこで休むの?」 「カーマとは、ベッドのことです」 北島が直ぐに説明したので、また大笑い。 「ボクは、北島さんと打ち合わせが終わっていないから、ロビーに残ります。千香ちゃんのこと、宜しくお願いします」 亜紀は千香を支えエレベーターに向かうが、輝明の顔を流し見る。胸に狂おしい思いが湧く。 《どうして、こう切ないの。輝君の考え方が間違っているっ…
「どうしたの? 私たちの老けた顔が、見るに忍びないと思ったのね。確かに、亜紀は日焼けして若く健康的に見えるもの。妬んでしまうわ」 「うん、ボクも自分が恥ずかしいなと思っていた」 「ご、ごめんなさい。そんな目で見ていたかしら。絶対に違うわ。本当よ。長く忘れられないふたりが、現実に目の前にいるなんて、信じられない思いで見てしまったの。あなたたちを傷つけた私を受け入れ、違和感なく再開してくれ・・」 …
亜紀も千香と同じものを注文する。北島と輝明はカツ丼定食を頼んだ。 「さっきね、亜紀と話をしたの。ん? 輝坊ちゃん、聞いている? ねえ!」 「あっ、えっ、なに?」 「まぁ~、嫌だ。男の人って、年取るとすぐにボケが始まるのよ」 「冗談じゃないよ! まだボケませんからね」 「うふふふ・・、相変わらず、ふたりは昔のままね。仲の良いご兄弟ですこと。本当に羨ましいわ」 北島が思いがけない会話に大笑い。 …
リベルダーデ区東洋街のホテル・ニッケイに着いたのは、昼に近い時間であった。ふたりは旅装を解き、千香は半時ほど横になる。輝明は、シャワーを浴び着替えてから、ロビーへ降りた。ロビーには、亜紀と北島がカフェを飲みながら待っていた。 「あれ、マルコスさんは・・」 「あ~、うちの運転手と一緒に食事へ行きました」 亜紀の代わりに、北島が答える。 「そうですか。一緒に食事すれば良かったのに・・」 「輝君・・…