ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第三章 ⅩⅣ

「マルコス、ふたりを明日の午前中に連れて行くから、佐和さんに連絡してね。頼んだわよ。チャオ!」 「うん、分かった。チャオ、マルシア!」 「あ、そうだ。マルコスさん、夕食を一緒にするから、後でホテルに来てね」  輝明がマルコスを誘う。マルコスは大喜び。 「やった~、行く、行きます。それに、マルコスさんじゃなくて、マルコスでいいよ」 「O・K! チャオ、マルコス!」  亜紀と輝明は自然に手を握り合わ…

忘れ水 幾星霜  第三章 ⅩⅢ 

「えっ、あっ、はい。そうですが」  輝明は、突然に自分の名前を呼ばれ、うろたえ戸惑う。 「群馬県人会の高山です。お忘れですか? もう十年は経ちますからね。又、探しに来られたのですか?」  輝明は思い出し、戸惑いながらも返答する。 「ああ、その節はお世話になりました。実は、見つかりまして、今回は会いに来ました」  改めて頭を下げ挨拶すると、亜紀の顔を見るなり紹介した。 「この人です」  亜紀は思わ…

忘れ水 幾星霜  第三章 ⅩⅡ

 ふたりは、それぞれに千香のことを考え、無口になる。 《千香ちゃんのことは心配だ。でも、彼女の心にはオレと亜紀さんのことで一杯なんだよなぁ。話題を変えよう》 「それでね。当初の考えでは、南マット・グロッソへ行く予定で・・」  亜紀の顔色が一瞬に青ざめ、懸命に反対した。 「それはだめ! 私のすべてを失くした場所よ。それだけは、やめて!」  輝明は、彼女の必死な形相に、落ち着いて話し掛ける。 「分か…

忘れ水 幾星霜  第三章 ⅩⅠ

「確かに・・、あの頃のボクは、あなたに会える喜びと同時に不安を感じていました。初めての恋心に、疑心暗鬼に押しつぶされ苦悩の毎日でした。ただ、あなたの本心を理解できたのは、水沢山の忘れ水を唇に触れたことや船上の別れ際の姿。それに、最後のデートで触れたあなたの唇と、絵葉書が亜紀さんの真意であると気付いた瞬間でした。遅すぎましたけど・・」  亜紀は、恥ずかしく顔を赤らめ、俯いて彼の話を聞いていた。 「…

忘れ水 幾星霜  第三章 Ⅹ

「待って、その話だけど、突然に言われても・・。どう考えて、どう答えて良いのか分からない」 「ええ、そうね。簡単な問題ではないと思うわ。でもね、亜紀! 輝坊ちゃんから誘われたら、曖昧な答えはしないでね。あなたの偽りのない本心で答えて欲しいの。お願いよ」  真剣な眼差しで亜紀を見る千香。亜紀は千香の深淵な言葉を理解した。千香が疲れた様子を見せたので、ベッドに移し横にさせる。  亜紀はベッドの横に腰掛…

忘れ水 幾星霜  第三章 Ⅸ 

 亜紀は千香の右手を両手で包む。千香の指が手の中で反応する。 「亜紀・・。私ね・・、いつまで生きられるか、分からない。医師に一年と言われたけど、私の体がもっと短い・・と感じているの。だから、どうしてもあなたに会いたくて、来ちゃったわ。それに、輝坊ちゃんが心配で・・」  亜紀の両手は、千香の弱々しく愛しい手をしっかり抱え、彼女の心肝にある不安を受け止めた。 「輝君のご家族は・・」  心もとない声で…

忘れ水 幾星霜  第三章 Ⅷ

「うん、でもカーマで休みながら・・」 「え、なに? どこで休むの?」 「カーマとは、ベッドのことです」  北島が直ぐに説明したので、また大笑い。 「ボクは、北島さんと打ち合わせが終わっていないから、ロビーに残ります。千香ちゃんのこと、宜しくお願いします」  亜紀は千香を支えエレベーターに向かうが、輝明の顔を流し見る。胸に狂おしい思いが湧く。 《どうして、こう切ないの。輝君の考え方が間違っているっ…

忘れ水 幾星霜  第三章 Ⅶ

「どうしたの? 私たちの老けた顔が、見るに忍びないと思ったのね。確かに、亜紀は日焼けして若く健康的に見えるもの。妬んでしまうわ」 「うん、ボクも自分が恥ずかしいなと思っていた」 「ご、ごめんなさい。そんな目で見ていたかしら。絶対に違うわ。本当よ。長く忘れられないふたりが、現実に目の前にいるなんて、信じられない思いで見てしまったの。あなたたちを傷つけた私を受け入れ、違和感なく再開してくれ・・」  …

忘れ水 幾星霜  第三章 Ⅵ

 亜紀も千香と同じものを注文する。北島と輝明はカツ丼定食を頼んだ。 「さっきね、亜紀と話をしたの。ん? 輝坊ちゃん、聞いている? ねえ!」 「あっ、えっ、なに?」 「まぁ~、嫌だ。男の人って、年取るとすぐにボケが始まるのよ」 「冗談じゃないよ! まだボケませんからね」 「うふふふ・・、相変わらず、ふたりは昔のままね。仲の良いご兄弟ですこと。本当に羨ましいわ」  北島が思いがけない会話に大笑い。 …

忘れ水 幾星霜  第三章 Ⅴ

リベルダーデ区東洋街のホテル・ニッケイに着いたのは、昼に近い時間であった。ふたりは旅装を解き、千香は半時ほど横になる。輝明は、シャワーを浴び着替えてから、ロビーへ降りた。ロビーには、亜紀と北島がカフェを飲みながら待っていた。 「あれ、マルコスさんは・・」 「あ~、うちの運転手と一緒に食事へ行きました」  亜紀の代わりに、北島が答える。 「そうですか。一緒に食事すれば良かったのに・・」 「輝君・・…