ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第五章 Ⅱ

「マルコス、私の名前は千香よ。チア、ではないの」 「ああ、それは、ブラジル語で親しい年配の女性や幼稚園、小学校の先生をチアと呼ぶのよ。千香・・」 「あら、まぁ~、そうなの。ごめんね、マルコス!」  千香はマルコスを呼び、抱きしめる。彼は、千香の頬に軽いキッスを返した。  食事の後、長女の奈美から頼まれているアクアマリンのペンダントを、千香が購入したいと要望した。輝明は、群馬県人会の小林会長が経営…

忘れ水 幾星霜  第五章 Ⅰ

 翌日の朝、輝明が目を覚ますと、亜紀が新しいワンピース姿で千香の世話をしていた。 《やはり、似合うな。綺麗だ》 「おはよう、輝君。さあ、朝食に行くわよ」  少し恥じらう様子で、爽やかに挨拶する亜紀。輝明は、一瞬戸惑うが返事を返した。 「やあ、おはよう」 「亜紀、いいのよ。お寝坊さんはそのままで、先に行きましょう」 「分かったよう。直ぐに行くから・・」  輝明は大急ぎで洗面し着替えると、レストラン…

忘れ水 幾星霜  第四章 ⅩⅤ

「輝君、ありがとう。千香、悲しいことを言わないで。必ず、会いに行くわ」  千香がゆっくりと立ち上がり、部屋に行き封筒を持って来る。封筒を亜紀に手渡した。亜紀は、手にした重い封筒を見詰め、体を固くし微動だしない。 「誤解しないで、あなたの心を踏みにじり、卑しめるつもりはないわ。このお金は輝坊ちゃんの結婚費用に蓄えたものよ。お願い信じて・・」 「亜紀さんが、病気などで困ったときボクは何も手立てがない…

忘れ水 幾星霜  第四章 ⅩⅣ

「うん、マルシアは見たとおりに、派手じゃない。貰えるお金は少ないけど、不平を聞いたことがない」 「そうか、分かった。オブリガード。千香ちゃん、相談したいことがある」 「輝坊ちゃんの言いたいことは、十分に理解しているわ」  亜紀が自分の買い物を済ませ戻ってきた。頼んであった服を受け取ると、ホテルに引き返す。ホテルには、北島が待っていた。 「お帰りなさい。どちらへ行かれたのですか?」 「あ~、北島さ…

忘れ水 幾星霜  第四章 ⅩⅢ

「亜紀、早く試着して、見せてよ」  彼女はおどおどと試着室に入り、怖々と着替えた。姿見の自分に心が奪われる。 《まあ、なんて華やかな色、ワン・ポイントの白い花びらが素敵ね。この色は、あれ以来ね。輝君、覚えているかしら》  恐る恐る試着室から出る。 「マルシア、ボニータ(綺麗)だ。誰かと思ったよ」 「やはり、亜紀にぴったりね」  輝明は、遠いあの日の服装を思い出した。 《水沢山のハイクの朝、オレが…

忘れ水 幾星霜  第四章 ⅩⅡ

「亜紀、紅茶はどうしたの? 冷めちゃうわよ」  ふたりは我に返り、サッと離れる。 「い、今・・、できたから、ちょっと待ってね」  輝明が、先に千香と自分のカップを運ぶ。亜紀は二回ほど深呼吸をしてから、知らぬ素振りで千香の横に座る。 「あら、亜紀の顔に涙の跡があるわ。輝坊ちゃん! 女性を泣かせたら、丁寧に拭いてあげるの。それが男性の役目なのよ」 《やはり、千香ちゃんにはオレの行動が見破られる。どう…

忘れ水 幾星霜  第四章 ⅩⅠ

 千香は、理解していた。しかし、輝明と亜紀の貴重な時間を、奪い取ってしまう自分が許せなかったのだ。 「亜紀、ごめんね。私が元気なら、一ヶ月でも半年でもいられたのに、残念だわ」 「ううん、私のことより、千香の体の方が大切よ。この数日は、決して短い時間ではなかった。一秒一秒が、とても長く幸せを感じることができたもの。それを、あなたが与えてくれたわ」 「亜紀、今日は帰らないで、お願いよ。ねっ、輝坊ちゃ…

忘れ水 幾星霜  第四章 Ⅹ

 亜紀は、千香の言葉を信じられないと、マジに彼女の目を覗いた。 「まっ、本当にそう思っているの? 千香!」  千香の顔が歪み、笑い出した。 「うふふ・・、ウソよ!」 「アハハ・・、あ~、驚いた!」  ふたりは仰け反り、手を叩き大笑い。そして、テーブルの上のカステラを食べ、ガラナを飲んだ。千香の顔が、スーッと真顔になる。 「亜紀、輝君との歳の差は無くなったわね。最後まで、大事にしてあげてね。天国に…

忘れ水 幾星霜  第四章 Ⅸ

「ん、何を? どんなこと?」 「おば・・、輝坊ちゃんのお母さんが亡くなるとき、私が傍にいたの。あの子が不憫だから、仲の良い私に面倒を見てねって頼んだわ。私は簡単に、いいよって答えた。だって、輝坊ちゃんが大好きだったから・・。  伯母さんは、輝坊ちゃんが生まれてから、入退院を繰り返しまともに育てる時間が無かった。輝坊ちゃんも母親に抱かれたり甘えたりした記憶が少ないはず。保育園の母子ダンスは、いつも…

忘れ水 幾星霜  第四章 Ⅷ

「もう帰るの? このまま、この清々しい海の空気を吸いながら、穏やかに眠りたい」 《千香ちゃんの気力が、弱々しくなっているなぁ。やはり、早めに日本へ帰ろう》 「うん、ゆっくりさせてあげたいけど、さあ、ホテルへ帰ろうね。千香ちゃん・・」  北島も心配して、輝明の顔を見る。 「北島さん、明日の便の再確認をお願いします。それに、これから援護協会の医師に診察をお願いして、明日の帰国便に乗れる状態なのか聞き…