忘れ水 幾星霜 第三章 ⅩⅣ
「マルコス、ふたりを明日の午前中に連れて行くから、佐和さんに連絡してね。頼んだわよ。チャオ!」
「うん、分かった。チャオ、マルシア!」
「あ、そうだ。マルコスさん、夕食を一緒にするから、後でホテルに来てね」
輝明がマルコスを誘う。マルコスは大喜び。
「やった~、行く、行きます。それに、マルコスさんじゃなくて、マルコスでいいよ」
「O・K! チャオ、マルコス!」
亜紀と輝明は自然に手を握り合わせ、ホテルへ引き返す。
ホテルの部屋に戻ると、千香が目を覚まして待っていた。
「千香、ぐっすり眠れたの?」
「うん、疲れが取れたわ。それで、ふたりの話はどうなの?」
「ええ、なんとか・・」
「輝坊ちゃん、少しは満足できた?」
《やっぱり、千香ちゃんはオレたちのことしか、考えていない》
「そうだね、満足しているよ」
《そう、良かった、良かったわ》
「千香!」
亜紀が、先ほどから話したくて、タイミングを計っていた。
「な、何? どうしたのよ亜紀? 大きな声を出して」
「うん、実はね、ひょんなことから、輝君が二度もブラジルに来ていたことが露見したのよ。面白かったわ」
《あ~ぁ、ばらされちゃった。千香ちゃんから怒られるなぁ》
亜紀は、チラッと輝明の顔を見てから、文化センターの出来事を説明する。
「うふふふ・・、輝坊ちゃんは小さい頃から嘘が下手なの。輝坊ちゃん! 隠し事は絶対にダメよ」
「・・・」
「でもね、県人会の人に誤魔化すことができず、気恥ずかしそうに挨拶していたわ。そしてね、私にばれたときの顔を、千香に見せたかったわ。胸がキュンとして、可愛かった。ふふふ・・」
「あらあら、それはようございましたこと」
仏頂面で手を仰ぐ輝明を、横目で見て大笑いするふたり。
「むふふ・・。久しぶりね、亜紀と一緒に笑うのは・・。あははは・・」
「うふふ・・、ははは・・、そうね。あの頃はなんでも笑えたわ。ふふふ・・。歳を重ねるほど笑えなくなる。ブラジルに来て、辛く悲しいことばかり」
「日本に帰って、一緒に楽しく暮らそうか・・」
ふたりの笑いを一身に受けていた輝明が、唐突に、思い詰める声を出した。亜紀と千香は驚き、彼の顔を窺う。だが、千香は即座に理解して大きく頷く。
「亜紀! 私も輝坊ちゃんと同じ意見よ」
輝明の言葉に、追い打ちをかける千香であった。