ウイルソン金井

創作小説。短編が主体ですが、長編小説も書きます。

創作小説を紹介
 忘れ水 幾星霜  偶然の出会いが必然なのか、憧れは恋へ。恋は愛へ。山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。ひょんな出会いからの交流。そして・・。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズの第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 雨宿りに続く大河内晋介シリーズの第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 怪奇な夢を見続ける主人公。夢に現れる和服姿の美しい女性。それは不思議な縁から始まるものであった。
 ア・ブルー・ティアズ 入院中の父子が生死の別れ際に触れ合う姿。その様子見た主人公が、自らの父に対する情念を考える。また、夜間の救急病院で起きる生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第三章 Ⅸ 

 亜紀は千香の右手を両手で包む。千香の指が手の中で反応する。
「亜紀・・。私ね・・、いつまで生きられるか、分からない。医師に一年と言われたけど、私の体がもっと短い・・と感じているの。だから、どうしてもあなたに会いたくて、来ちゃったわ。それに、輝坊ちゃんが心配で・・」
 亜紀の両手は、千香の弱々しく愛しい手をしっかり抱え、彼女の心肝にある不安を受け止めた。
「輝君のご家族は・・」
 心もとない声で聞く亜紀に、千香は目を大きく見開き彼女の顔を直視する。そして、切なく微笑み返した。
「亜紀、何を言うの?」
「えっ、普通なら幸せな結婚をして・・、いるはず、でしょう?」
「あなたなら、輝坊ちゃんの考え方を理解できるはず。確かに、一度は裏切られ失望を感じたと思う。横浜港の埠頭を覚えている? 彼の心は、あの時点で真実の心を探すことができたの。あなたに対してのね。だから、亜紀を決して忘れることができなかった」
《私だって、忘れなかったもの》
「私や佐兄ちゃんが、結婚相手を紹介したけど続かなかったわ」
 千香は起き上がり、居間のソファへ行く。亜紀は急いで彼女の腕を携え移動させた。
「それからね、ブラジルに来た真の目的は・・。亜紀を日本に連れて帰ることなの」
 千香の言葉は、あまりにも衝撃的であった。亜紀は、千香の顔から目が離せない。
《え、え? 私には理解できない。無理、無理よ》
「ま、まさか・・」
「いいえ、本当よ。見送りの横浜港で、彼が必死に叫んでいた声。聞こえた?」
「忘れもしないわ。ただ、輝君が叫んでいるのは感じたけど、意味が聞こえなかった。ずっと、考えていた」
「意味はね、必ず迎えに行くから、と叫んでいたわ」
「・・・」
「彼は、それを実行したわ。ブラジルに来ているの。それも二度よ」
 一方的に忘れられた存在と思い込んでいた彼女は、暗く閉ざされた心に明るい光が輝く思いであった。
「うそ! それ本当なの。いつ?」
「これは内緒なの。輝君は誰にも打ち明けていない。佐兄ちゃんが、こっそり教えてくれなければ、私も知らなかったことよ」
《過去を捨てきれず、ただ思いを募らせていただけ。私は何も行動を起こしていない。未練がましい絵葉書を送っただけよ。整理箱から【忘れ水】の詩を取り出して読み、心の隅に残る淡い希望を確かめるだけ・・》
「信じられない・・」
「ええ、信じられないでしょうね。あなたを日本へ連れて帰ることも、輝君が考えたことよ」

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