ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第七章 Ⅰ

 翌日の朝、昨晩から病室で見守っていた輝明は、奈美と交代して家に帰り仮眠をする。昼過ぎに起き、近くの食堂で昼食を済ませると再び病院に行く。千香の容態を見届けてから、車で成田へ向かった。  午後五時に成田空港へ着いた。輝明は幾度も到着ボードを凝視する。逸る心を抑えているが、到着間近になると心は勝手に躍動した。時折、千香の顔が脳裏を掠める。その度に、彼の心はやるせなく苦しむ。  出口ゲートの前は凄い…

忘れ水 幾星霜  第六章 Ⅷ

 千香が顔を歪め苦しみだした。輝明は直ぐにナース・コールを押す。看護師が廊下を駆けて来た。三人は、部屋の隅に固まり対応を見守る。看護師は院内携帯で医師に連絡。三人は廊下で待つよう指示された。千香の苦しむ声が、廊下で待つ三人の耳に聞こえる。 「輝叔父さん、何かあったの?」  その時、東京の貴志が到着。廊下で待つ三人の顔に不安の影。貴志は愕然とし、輝明に質問した。 「うん、今、先生を呼んで待っている…

忘れ水 幾星霜  第六章 Ⅶ

 胸ポケットの携帯を取り出し、受信ボタンを押す。 「輝君!」  霞む目の前に、亜紀の顔が浮かび上がった。 「あ、亜紀さん! 早く来て・・」 「えっ、まさか・・、千香が危ないの?」 「亜紀さん、もう余裕がないよ」 「明日の朝、出発よ。二日後の夕方に到着するわ」 「本当だね?」 「ええ、間違いないわ。エミール航空ドバイ経由の飛行機でね」 「必ず、迎えに行くよ」 「あ~ぁ、千香。会いたい。輝君、千香を…

忘れ水 幾星霜  第六章 Ⅵ

「うん、見せて・・ね」  千香は歪んだ顔をチラッと見せ、また目を閉じてしまった。病室内のモニター音が反響して、輝明の頭の中を駆け巡る。 「オレ、売店に行ってくるね」  その場にいたたまれない輝明が廊下に出ると、年配の看護師から呼び止められた。 「あっ、金井さん! ちょうど良かったわ。吉田先生から連絡です。ムンテラ(病状説明)をするので一階の面談室にお願いします」 「はい、了解しました」  面談室…

忘れ水 幾星霜  第六章 Ⅴ

 病院の外に出ると粉雪が舞っていた。頬を掠める雪が体温でスッと溶ける。輝明は空を見上げた。暗い空間から無数の白い塊が、彼を目がけて落ちてくる。その一つ一つが千香の記憶に思え、輝明は瞬きもせずに白い塊を目で追う。  家に帰り、疲れた体をソファに投げ出す。輝明は抑え切れない心の苦痛を、唯一支えてくれるブラジルの亜紀に電話をした。 「ボクだけど・・」 「輝君? その声の響き・・、千香のことね?」 「う…

忘れ水 幾星霜  第六章 Ⅳ

 翌朝、千香は昨晩の亜紀からの電話で、精神的に元気な顔を見せた。本人の希望もあって、高崎市内や観音山をドライブすることにした。  介護タクシーを呼び、輝明も同乗して出掛けた。観音様はタクシーの中から参拝する。忠霊塔前の駐車場から、高崎市内が一望できた。  高崎市内を望む千香のうつろな瞳。愁いをおびた横顔。輝明は黙ってその横顔を見ていた。千香がスッと輝明に顔を向ける。 「ん? 輝坊ちゃん、どうして…

忘れ水 幾星霜  第六章 Ⅲ

 数日間は、病状も安定していた。神戸から転院して三日後の日に、緩和ケアの一環として一時帰宅が許された。輝明の家は、千香のために介護用ベッドや器具が用意され、窮屈な状態になっている。 「ま~ぁ、輝坊ちゃんが住んでいる家は、こんなに窮屈なの?」 「仕方がないだろう。千香ちゃんのために揃えた器具で、一杯だもんね」  とにかく、千香が生活するには、大変な環境だと輝明は思っていた。ヘルパーを依頼してあるの…

忘れ水 幾星霜  第六章 Ⅱ

 夢の中に沈みながら、輝明はふたりの存在を推し量る。目の前にいるのは、いつも千香である。しかし、意識するのは、後ろに見え隠れする亜紀の存在であった。それが、今はふたりが並び、同時に声を掛ける。どちらの声を優先に聞けばよいのか、輝明はもどかしさに悩みもがく。 《オレが物心つく頃には、千香ちゃんが常に傍にいた。共に泣き、笑う。時には意地で優劣を競うライバルであり、互いの弱みを補う仲間でもあった。ただ…

忘れ水 幾星霜  第六章 Ⅰ

 エレベーターでロビーに降りると、レンタル会社の社員が待っていた。車のキーを渡して請求書を受け取る。輝明は、千香の子供たちに連絡し、病院の住所と電話番号を知らせた。車の移動を心配していたが、無事に転院できたので安堵した様子。明日の午後、奈美が病院に訪れる約束をして電話を切った。  輝明はタクシーを呼び、家に帰る。簡単な夜食を済ませると、急ぎ風呂を浴びる。疲れ冷え切った体を湯船に浸す。体の奥から、…

忘れ水 幾星霜  第五章 ⅩⅢ

 その場の雰囲気を変えることができた。しばらくして、海老名JCTから圏央道に入る。すでに、夕刻の四時過ぎ、冬の陽が沈みかけている。 「千香ちゃん、疲れたろう?」 「平気よ。輝坊ちゃんは、疲れたでしょう。もう若くないんだから、無理しないでね」 「いや、まだ若いから、平気さ」 「またまた、ウソをつく! 私には分かるのよ」  確かに、輝明は疲れている。しかし、千香を思えば、疲れたと言えなかった。  圏…