忘れ水 幾星霜 第四章 ⅩⅡ
「亜紀、紅茶はどうしたの? 冷めちゃうわよ」
ふたりは我に返り、サッと離れる。
「い、今・・、できたから、ちょっと待ってね」
輝明が、先に千香と自分のカップを運ぶ。亜紀は二回ほど深呼吸をしてから、知らぬ素振りで千香の横に座る。
「あら、亜紀の顔に涙の跡があるわ。輝坊ちゃん! 女性を泣かせたら、丁寧に拭いてあげるの。それが男性の役目なのよ」
《やはり、千香ちゃんにはオレの行動が見破られる。どうすることも、I can not だ》
「はい、仰せのとおりです。千香様、丁寧なご指導に感謝申し上げます」
「まだ、頭が高い」
輝明がソファから下りて、土下座をする。
「分かれば、それで宜しい! おほほほ・・」
三人はそれぞれの顔を見合わせて、大笑い。その後、紅茶の味をゆっくりと確かめながら飲んだ。
「あっ、そうだわ。マルコスを呼んで、家から着替えを持って来なければ・・」
「輝坊ちゃん、亜紀の服を買ってあげなさい。わざわざ家に帰る必要はないでしょう」
「そうだね、今から行こうか?」
「え~、いいわよ。なんなら自分で買うから・・」
「亜紀! 輝坊ちゃんが三十年分のプレゼントを買いたいと願っているの。断ったら、もう絶交よ。分かった?」
「ふふふ・・、分かったわ。近くのショッピング・センターへ行きましょうか?」
今は体調が良いから、一緒に行きたいと千香がごねる。
《せっかくブラジルに来たんだ、少し観光気分を味わせてあげよう・・》
「じゃあ、一緒に行こう。無理しないでね・・」
「やった~、亜紀、輝坊ちゃん大好きよ」
亜紀が、マルコスに連絡する。彼は近くの事務所にいたので、直ぐにやって来た。そして、四人でエルドラード・ショッピング・センターへ行く。そこは、六階建ての映画館や遊園地、地下にはレジが五十台以上並ぶハイパー・マーケットになっている。
「凄いショッピング・センターなのね。驚いたわ」
「本当だ、ここなら何でも揃うだろうね」
目的の婦人服専門店を探す。千香はお気に入りのマルコスに支えられ、ゆっくりセンター内を歩く。マルコスは、休憩用のベンチがあると、千香の体を気遣い休ませた。千香は片時も彼の腕を離さず、嬉しそうに話し掛ける。
《久々だな、千香ちゃんのあんな笑顔を見るなんて・・。マルコスに感謝しなければ》
千香が、ショー・ウインドー内のワンピースに目をやり、亜紀に知らせる。
「これどうかしら? あなたに良く似合いそう。輝坊ちゃんも見てごらんなさい」
「そうだね、亜紀さんらしいイメージだ」
《うん、でも・・、私には若すぎないかしら・・》
亜紀は恥じらうように、その服を眺める。