俺は肉の脂が苦手だ。250gの特大ヒレステーキを注文した。真美も負けずに注文。 「真美、本当に大丈夫か?」 「平気よ。お金も胃袋も・・、安心して食べなさい」 真美は、店内を見渡し、何故か嬉しそうな様子。 「どうして、そんなに嬉しそうな顔を、しているんだい?」 「んん、だって、今までは来れなかった場所よ」 「どうして? いつでも来れる場所だろう?」 彼女は、相好を崩し説明する。 「だって、女…
ふたりは観音様を見上げる。 《こうべを少し垂れ、優しい眼差しで見詰める顔。ふっくらとした顔は、真美に似ているなぁ。とても綺麗で美しい》 「いや、それほどでも・・」 「え、何が?」 「ママたちもここに来て、何かを願ったんでしょうね」 「うん、そうかも・・。さあ、帰ろうか?」 「ええ、帰りましょう。少し寒くなったわ」 しばらくして、忠霊塔前の駐車場へ戻った。 「真美! 駐車場横に喫茶店があるんだ…
観音山忠霊塔前の駐車場に車を停めた。ここから眺める高崎市の街並み。陽に輝く市街地と前に流れる烏川。四季折々の景色は美しい。俺は好きだった。 高崎白衣観音まで歩くことにした。参道は平日のため車両が通行可能。意外に車の往来が激しい。歩いている人影は見えなかった。ふたりだけだ。 「もう、紅葉が終わる頃ね」 真美は歩きながら、周りを見渡す。 「そうだね。でも、残念だな・・」 「え、何が残念なの?」…
「ご、ごめん。どうか、機嫌を直して・・」 俺は手を合わせ、拝む仕草で謝る。何気なくバック・ミラーに目をやると、真美の目に遭遇。ミラーの位置を俺に合わせていたようだ。 「えっ! なんで?」 俺は驚き、彼女の横顔に目を移した。その横顔は、前を見ながら笑いを堪えている。 「うふふ・・」 俺のジャンプは無事に着地し、しっかりとテレマークができた。 「な~んだ。怒っていないんだ。良かった・・」 「い…
「もしかして、車の中にいる人かい? 」 「ああ、そうです」 「凄い別嬪さんだね。女優の誰かに似ているなぁ。本当に結婚するのかい?」 社長は疑い、興味津々に車の真美を見る。 「真美! こっちに来てよ・・」 俺は真美を呼んだ。 「社長が、信じてくれないんだ。俺たちの結婚を・・」 彼女は車から降りて、笑顔で挨拶をする。 「初めまして・・、はい、私たちは運命で繋がり、既に結婚しています」 澄まし…
食事をしながら、俺の心を読む真美。涙がホットケーキの上に零れ落ちる。真美が手の甲でふき取り、俺を直視した。 「ねえ、洸輝・・」 「ん?」 「明恵母さんから、お母さんのお墓を聞けるかしら? それに身を投げた場所も・・」 「え、何故だい?」 「だって、あなたはお母さんを恨み、自分の不幸をお母さんの所為にしていた。でも、お母さんの温もりを執拗に追い求めているでしょう?」 確かに、俺の気持ちはちぐは…
腹が減って、我武者羅にハム・エッグを食べようとした。 「オウ、マイ ダーリン! 先に野菜を食べてから・・」 差し出した手を叩き、眉をひそめて注意する。 「えっ?」 俺は一瞬たじろぐ。 「だって、健康は大事よ。長生きしてね。もう、独りになりたくない・・から」 「うん、そうするよ」 俺は素直に頷き、野菜をモリモリと食べ始める。 「これからは、洸輝の健康管理に気を付けるわ。体が弱かったら、私を…
俺は裸の真美を、怖々と抱きしめる。 《これは幻ではない。本当に、現実なんだ・・。この温もり、真美の温もりが愛しい》 「ええ、幻想じゃないわ。漸く・・、独りの生活から抜け出せた。私は幸せよ・・」 「そうさ、これからは独りじゃない。それに、俺も自分の存在を認め、生きる意識が持てそうだ。真美のお陰だよ、ありがとう・・」 真美は軽いキッスをした。 「お腹が空いたでしょう? 朝食を用意するからね・・」…
「君は、このことを知っていたのかい?」 「ええ、知っていたわ。でも、運命の人があなたとは分からなかった」 確かに真美の言うとおりだ。偶然としか思えない。 「そうだね。この二日間が目まぐるしく感じる。精神的に参ったよ」 「洸輝・・、メランコリーにならないでね。心配だわ」 《メランコリー? あっ、そうか。うつのことか・・》 真美の瞳が俺の瞳を捕らえ、掴んでいる俺の手に軽く唇を寄せた。あどけない顔…
明恵母さんが懐妊した喜びを、手紙に認め送ったらしい。俺の母親についても、書かれていた。ただ、三人の交流は徐々に薄れ、便りが遠退く。真美の母親は、寂しさを日記に綴るようになった。 その後、懐妊した真美の母親が、ふたりの親友宛に報告の便りを送る。だが、返事が来ない。 数か月後に、漸く明恵母さんから返事が届く。逸る気持ちで封を開けると、思いも寄らぬ内容が書かれていた。 便箋を持つ指が震え、友の…