ウイルソン金井

創作小説。短編が主体ですが、長編小説も書きます。

創作小説を紹介
 忘れ水 幾星霜  偶然の出会いが必然なのか、憧れは恋へ。恋は愛へ。山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。ひょんな出会いからの交流。そして・・。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズの第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 雨宿りに続く大河内晋介シリーズの第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 怪奇な夢を見続ける主人公。夢に現れる和服姿の美しい女性。それは不思議な縁から始まるものであった。
 ア・ブルー・ティアズ 入院中の父子が生死の別れ際に触れ合う姿。その様子見た主人公が、自らの父に対する情念を考える。また、夜間の救急病院で起きる生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第三章 ⅩⅦ

 そこへ、千香のために車椅子を押すマルコスが顔を出した。千香はマルコスの顔を見ると、満面に笑みを浮かべる。
 亜紀と佐和が、施設内をゆっくり案内する。庭を見渡せる廊下へ差し掛かると、千香が車椅子から乗り出すように前方を見た。
「マルコスさん、ちょっと止めて! 綺麗なアジサイが咲いているわ。亜紀! あなたの好きな花でしょう?」
 亜紀は千香の近くに寄り添い、千香の目線に合わせて、その場にしゃがむ。
「そうよ。覚えているかしら、清水寺の参道を・・」
「もちろん覚えているわ。あれ? あそこで、花を触っている人は、誰なの?」
「ああ、本当の名前は誰も知らない。でも、園の人たちはタロウさんと呼んでいる。彼が、お母さんと故郷を思い出して、あのアジサイを植えたの」
「ふ~ん、なんだか輝坊ちゃんの仕草に似ている感じね」
《やはり、千香も感じるんだ》
 タロウさんは、ふたりの視線を受けて軽く会釈すると、小屋の中に隠れてしまった。その後、食堂に用意された昼食を試食する。
「ふぅ~、そうなんだ。亜紀、分かったわ。あなたの生き生きした姿は、この施設があったからなのね」
「そうかもしれない」
「ええ、そうよ。私だって、いつまでもいたいと思うもの」
 その言葉を聞いた佐和が、嬉しそうに話しかけた。
「ありがとう、千香さん。あなたの言葉は、私たちの励みになるわ」
「佐和さん、本当のことよ。輝坊ちゃん、あれ渡してね」
「そう、そう、まだお礼も言ってなかった。今回は、援護協会に依頼されるなど大変お世話になりました。僅かな気持ち程度で申し訳ないですが、憩いの園でお使い頂ければ幸いです」
「いえ、こちらこそ感謝します。園長もお喜びになるでしょう。神のご加護を・・」
 しばらくして、早めにホテルへ戻る。帰り際に、輝明が亜紀に小声で伝えた。
「亜紀さん、仕事が終わりましたら、ホテルに来られますか?」
「ええ、佐和さんから許可をもらっているので、早めに行けると思います」
 千香が名残惜しみ、マルコスの手を放さない。輝明は苦笑いをしながら説得する。ようやく諦め、憩いの園を発つことができた。
 その日の夕刻に少し早い時間。大学へ行くマルコスに送られ、ホテルに着いた亜紀がロビーへ行く。そこには、真剣な眼差しの輝明がひとりで待っていた。
 亜紀は、その眼差しから彼の複雑な心の機微を、否応なしに感じ取ることができた。

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