ウイルソン金井

創作小説。短編が主体ですが、長編小説も書きます。

創作小説を紹介
 忘れ水 幾星霜  偶然の出会いが必然なのか、憧れは恋へ。恋は愛へ。山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。ひょんな出会いからの交流。そして・・。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズの第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 雨宿りに続く大河内晋介シリーズの第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 怪奇な夢を見続ける主人公。夢に現れる和服姿の美しい女性。それは不思議な縁から始まるものであった。
 ア・ブルー・ティアズ 入院中の父子が生死の別れ際に触れ合う姿。その様子見た主人公が、自らの父に対する情念を考える。また、夜間の救急病院で起きる生と死のドラマ。

無題 Ⅰ

 人の記憶とは、不思議なものである。
 消し去りたいと願う記憶はなかなか消えず、がむしゃらに振り返っても全く甦ることのない記憶もある。時として、爽やかな風がフッと脳裏を掠め、心を揺さぶる意地悪な記憶もある。
 私の心肝に残る年少期の記憶が、生年六十五を過ぎた頃より日々霞みはじめた。老いた脳裏から散逸する前に、あの思い出を確かめたく故郷の高崎へ半世紀ぶりに訪れてしまった。
 駅舎は近代的な駅ビルに改築され、昔の面影は跡形もない。駅前周辺も高層ビルが建ち、行き交う人々の姿もどこか空々しく感じられる。変貌した街並みは、私の郷愁を無残に打ち砕き、困惑と悲哀がすれなく涙を誘う。
 区画整理された見知らぬ道を、覚束ない足取りで歩く。薄れる思い出と小さな面影がぴたりと重なるとき、まるで幼子の宝物を見つけた喜びに似て、私の心は高鳴りを覚えた。
 不思議な体験をした町内が近づくにつれ、あの日々がまざまざと目に浮かび感情の昂ぶりを抑えられない。待ち望んだ通りを目にした私は、余りにも掛け離れた景色に愕然とする。人目を憚ることなく、その場にうずくまってしまった。不審な人物と思うのか、横を通り過ぎる人々が私を避けて行く。
 辛うじて気を取り直した私は、膝に手を置き立ち上がろうと中腰で前方に目を向ける。なんと、低い子供目線の先に親しみのある通りが、視界に飛び込んできた。幾度も夢の中に現れた光景であり、確かに私が生きていた証である。
 昭和三十年代、世の中に白黒テレビが普及する本の少し前である。中心街に羅漢町(らかんちょう)という至って平凡な通りがあり、その町内にユニークで愉快な十二人の少年達が住んでいた。


 夏休み初日。朝からのうだる暑さに辟易しながら、家の中でゴロゴロしていた。夕刻、玄関脇の木箱で寝ていたスピッツのチロが“クウ~ン、クウ~ン”と、外の誰かに甘えた。
「輝坊、誰かが来たみたいよ」
 夕げの支度をしている高校生の姉ちゃんが知らせた。
「う~ん、分かったぁ~」
 オレは生返事をしながら玄関に行くと、チロが真っ白なフワフワの尾を振って跳びついてきた。
「うるさいな! 遊ぶ暇なんてないよ」
 戸口に挟まれた紙片を見つけて読んだ。
【すぐ、本部に集まれ。遅れたら五円の罰金だ】
《え~、大変だ。罰金なんて冗談じゃない》
「姉ちゃん! オレさ~、ちょっと出掛けてくるからね~」
「出掛けるって、どこへ!」
「オコちゃん地!」
「もうすぐ、ご飯だからね!」
「うん、分かった。じゃあねぇ~」
「もう、手伝いもしないで・・」
 おいてきぼりにされたチロが“キャン、キャン”と、死に物狂いで吠え騒ぐ。オレは振り返らず、片足けんけんしながら一方の踵を靴の中に押し込んだ。二分で本部に着く。すぐ後に、息を切らし敏ちゃんが駆け込んだ。
「よし、セーフだ。罰金払ったらアイス・キャンデ―が食べられなくなっちゃう」
「そうだよ。あ~ぁ、食べたくなったなぁ~」
「いいよ。明日、輝ちゃんにおごるよ。俺さ、当たり棒二本持っているんだ」
「ほ、本当に?」
「うん。でも、当たったら返せよ」
「やった~、敏ちゃんサンキュウ」
 六畳ほどの物置小屋に作られた本部には、リーダー格の中学二年の勇ちゃんがリンゴの木箱にドカッと座り、小学四年の四人(オレと敏ちゃん、貴ちゃんに慎ちゃん)を待っていた。
「よし、全員集まったな」
 中一の幸雄ちゃんが確認した。横にいる同学年の孝夫ちゃんが、チラシの裏の白紙に書いた文書を大げさに読み上げる。
「この四人を正式なメンバーに決定。我々の活動に参加することを認める。昭和三十五年夏休み吉日。本部役員一同より」
「やったあ! やったぞー、バンザーイ、バンザーイ」
 春先からこの日を待ち焦がれていた四人は、飛び跳ねて大喜びだ。小学四年の夏休みから、正式なメンバーになれることを知っていたからである。興奮を抑え切れずにいると、幸雄ちゃんが四人の頭をぺんぺんと軽く叩き、真剣な表情で前を見るよう目配せする。孝夫ちゃんが壁に貼ってある模造紙を指して、四人に内容を読ませた。
【守り事。
一、会の秘密は、親兄弟であっても話すな。
二、本部の命令には、口答えをしない。
三、仲間にはウソをつかない。
四、怖くても泣かない。
五、勇気ある行動をする。
*守らなかったら、五円の罰金。または恐ろしい罰だ*】
「学校に行っても秘密だからな・・」
 四人は揃って頷く。
「あっち側に書いてあるのは、今年の予定だ。だから、必ず覚えておけよ!」
 四人は守り事と予定を目で追いながら、必死に頭に入れる。その間に、勇ちゃんが孝夫ちゃんと幸雄ちゃんに何かを話した。小さく頷いた孝夫ちゃんが四人を呼んだ。
「今年は、念願のボートを作る予定だ。それで、他のメンバーと同じように、四人もお金になる計画を考えろ」
「え~、なんで~、なんで俺達が集めるのさ~」
 慎ちゃんが不満を言ってしまった。オレは慎ちゃんを肘で小突き、早く謝るよう目配せをしたが遅かった。不満の声を聞き逃さなかった幸雄ちゃんが、にやにやしながら慎ちゃんを呼んだ。
「はい、こっちに来て。第二条本部の命令に口答えをしたから、罰金五円だ」
「わっ、しまった。で、で、でも、口答えじゃないよ。分からないから聞いただけだ。本当だよ」
「どうするか?」
 幸雄ちゃんが、孝夫ちゃんに相談する。
「幸雄ちゃんの好きなようにやれば・・。ふふふ・・」
 孝夫ちゃんが意味不明な笑い方をした。オレは嫌な予感がした。
「じゃあ、今回は罰金免除だ」
「やった~、助かった。幸雄ちゃんありがとう」
 勇ちゃんと孝夫ちゃんがなにやら不自然な動きで外へ出て行った。
「いやいや、罰金は無くても罰は有るからな」
 手招きされた慎ちゃんは、高揚した顔が一気に青くなった。部屋の中が静まり、オレ達はふたりの様子を注目した。慎ちゃんは部屋の隅に連れて行かれ、幸雄ちゃんが自分の尻に右手を置く。腰を不自然に揺らすと何かを掴んだ。その手を慎ちゃんの鼻の前でパッと開いた。
「くっせ~ぇ、なんだ、なんだ。この臭いは! オエ、オエ・・」
 慎ちゃんは一目散に外へ逃げた。オレ達は理解できずに唖然と見ていたが、すぐに幸雄ちゃんの強烈な放屁が部屋中を満たした。
「わお~、こりゃぁ~、なんじゃ~、卵の腐った臭いだ。逃げろ~」
 敏ちゃんが叫び逃げ出した。オレも貴ちゃんも逃げた。しばらくは、誰も中に入る勇気が持てなかった。
「幸雄ちゃんの握り屁は強烈だからな。あの罰は最悪だ。俺だって嫌だよ」

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