無題 Ⅳ
朝からそぼ降る雨の日。
敏ちゃんが本部へ行こうと迎えに来た。ふたりは傘も差さずに走って本部へ行く。本部には、全員が集まっていた。思い思いに何かをしている。貴ちゃんと浩ちゃんがオレ達を見て集まると、映画製作の話に夢中になった。
そのとき、敏ちゃんが急に不快そうに顔をしかめ、キョロキョロと辺りを見回す。その様子に、オレも異様な臭いに気付く。勇ちゃんが、突然に怒鳴った。
「スカンクは、誰だ!」
その場にいる全員が互いの顔を見た。
「早く戸を開けて、空気を入れ替えろ!」
戸の近くにいたオレが素早く開けた。板切れや厚紙など手に持っている物で、全員が懸命に扇ぎ部屋の空気を入れ替える。孝夫ちゃんが蚊取り線香に火を付けたので、臭いが薄らいだ。全員が一度に大きく息を吸って吐いた。
「誰でもいいが、やる時は黙って外でやって来い。いいな」
幸雄ちゃんの顔を見ながら、勇ちゃんがボソボソと言った。
「えっ? 俺じゃあないよ。俺は堂々と音をだすもん・・」
疑われたこに不服で、隣の福ちゃんの顔を覗く。福ちゃんは顔を真っ赤にした。
「冗談だろう! 俺は外に行くよ」
「まあまあ、生きているんだからしょうがない。我慢できない時もあるさ」
孝夫ちゃんがなだめすかす。そして、真面目くさった顔で言う。
「俺なんか、体育で走る時にプッ、プッと出すと不思議にスピードが出るんだ」
「銭湯の中でブクブクとやったら、隣の怖いオヤジからガンガンに怒られた。でもさ、気持ちいいんだよなあ」
賢ちゃんが思い出しながら話すと、手を叩き大笑いになった。結局、犯人は誰だか分からなかった。
その二日後、雨が上がり朝から日差しが強く、暑い日になった。本部へ行くと、オコちゃんが銛をヤスリで研いでいた。
「あれ、銛を研いで川に行くの?」
「うん、これから電車に乗って鏑川へ行くんだ。たくさん捕って稼がないと・・」
「え~、いいな。オレも行っていいかな?」
「ダメだよ。俺達の計画だからな。輝ちゃんは映画だろう? 賢ちゃんと福ちゃんの三人で行くことになっているから・・。勇ちゃんに怒られるもん」
夏休みにやる計画が年代によって異なり、本部の許可なく他のメンバーと行動をしてはいけない約束事であった。
中学生の三人は、観音山へ行きカスミ網で野鳥を捕まえ、町の小鳥屋から小遣いを受け取っている。時々、野ウサギを捕獲することもあった。勇ちゃんは自分で捕まえたカラス科のカケスを飼って、人の声を真似させている。以外にも上手に喋った。
いつの頃からか判明しないが、羅漢町をメンコ通りと呼び、第三日曜日になると市内の小中学生が五十人近く集まる。一回に五十枚や百枚の大勝負も見られた。
本部では、特殊な加工をした{勝てる親メンコ}と称して、キャラメル一箱かアイスの当たり棒一本と交換。好評ですぐに在庫切れであった。孝夫ちゃんの親が国鉄高崎機関区に勤務していたので、三ヶ月に一度だけ車両点検場へ行き廃油にメンコを浸し親メンコ作りをしていた。帰りには、機関区内社員専用の大風呂に入浴しさっぱりとして引き揚げる。
オレ達の映画撮影が始まった。貴ちゃんの親がゴルフ練習する空き地を利用し、誰にも覗かれないよう注意した。大きなタライに水を満たした大海原。戦艦大和が敵機に襲撃される。大和の巨砲が発射され、敵機を打ち落とすが魚雷の攻撃を受ける。戦艦と共に艦長役の敏ちゃんが、敬礼しながら大海原へと沈んで行く。
八ミリ映写機のため失敗は許されない。撮影の成功は、現像してから判明する。一発勝負だった。現像ができるまで、上映場所と入場料を決めなければならなかった。