ウイルソン金井

創作小説。短編が主体ですが、長編小説も書きます。

創作小説を紹介
 忘れ水 幾星霜  偶然の出会いが必然なのか、憧れは恋へ。恋は愛へ。山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。ひょんな出会いからの交流。そして・・。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズの第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 雨宿りに続く大河内晋介シリーズの第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 怪奇な夢を見続ける主人公。夢に現れる和服姿の美しい女性。それは不思議な縁から始まるものであった。
 ア・ブルー・ティアズ 入院中の父子が生死の別れ際に触れ合う姿。その様子見た主人公が、自らの父に対する情念を考える。また、夜間の救急病院で起きる生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第二章 Ⅲ

《諦めていた夢が・・、どうすればいいの。やっと、辿り着いた心の安らぎ・・。マリア様、私の心を導いて下さい》
 亜紀は朝の仕事を済ませてから、マルコスにホテル・ニッケイまで送ってもらう。
「マルシア! 帰りは、どうするの?」
「そうね、いつ終わるか分からないから、先に帰って・・。あっ、待って! 帰りに事務所へ寄るから、誰かに伝えてね。チャオ、マルコス」
「分かった。マルシア、チャオ」
 車がホテル玄関口から街路へ出て行く。亜紀は見送ると、覚束ない足取りでホテルの中に入った。
《私は何を聞けばいいの。今更、聞くことなんてないわ。あれから、もう三十年が経っているのよ》
 正面のフロントで尋ねるつもりでいたが、横のロビーから声を掛けられた。
「横山さん、ですよね?」
 亜紀は恐る恐る声の方へ、顔を向ける。
「はい、そうですが・・」
 ネクタイ姿の青年が、物柔らかな笑顔で亜紀を見ていた。
「初めまして、北島です。昨日は失礼しました。さあ、こちらへ・・」
 窓際のソファに案内され、亜紀は北島の後に従う。ソファに座ると、北島が先に頼んでいたと思われるコーヒーと冷えた水が運ばれてきた。
《なんだか落ち着かないわ。この雰囲気は、忘れていた空気ね。ブラジルに来てからは、ホテルのロビーなんて無縁の場所だもの・・》
「さあ、どうぞ」
 北島は勧めながら自身もカップを手に取り、先に一口飲んだ。
「ウ~、ブラジルのコーヒー、いやカフェは濃くて美味しいですね。僕は好きです」
《なんだか、律儀そうな人。私の緊張を察しているのね》
「それで・・、あの~ぅ・・」
 亜紀はとまどうが、彼の顔に目線を置いた。北島は目線に応え、カップをソーサーに戻すと姿勢を正した。
「あっ、ごめんなさい。私は昨年の五月に、この国の経済事情を調査するためにやって来ました。三年ほど滞在する予定です。ブラジルに来る前、挨拶に橋本先生の奥様を訪ねました」
 言葉を休め、テーブルのグラスを手に持ち、冷えた水を口に含み喉を潤した。
「その折に、奥様からあなたの消息を頼まれたのですが、難しいと考えていました。八月に、農業視察で南マット・グロッソ州の日系農家を訪ねると、出身地と名字が同じでしたので、もしやと思いお聞きしました。偶然にも、お兄さんにお会いすることができたのです。とても、ラッキーでした」
「そうですか。それで私の職場を・・」
「ええ、事情を説明してね。お兄さんも旧姓の奥様の名前をご存知で、仲の良い同級生であったことも。大変驚かれていました」
 北島は、一気にここまで話すと、体の力を抜いてソファに凭れる。

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