ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第一章 Ⅹ

 ガタガタと列車が揺れる。大宮駅の構内に近づき車内が薄暗くなったが、直ぐにプラット・ホームの照明で明るくなった。大宮駅に予定より十五分遅れて到着。ふたりは駅の構内を走り抜け、京浜東北線の始発ホームに辿り着いた。発車ぎりぎりに乗り込めホッとする。
 車内は座れる状況ではなかった。仕方なく、吊革にぶら下がる。ふたりは会話も無く外の景色を眺めながら横浜へ向かう。輝明は車窓に目を置きながら、考えていた。
《そうだ。今思えば、あの水沢山のハイクも、この別れの伏線だったのか。ああ、なんで気が付かなかったんだろう》
 二週間前の土曜日の夜。
「もしもし、輝君。こんな時間にごめんね」
「はい、いいえ、別に構わないです。本を読んでいただけですから・・」
「あの~、・・・」
「なんでしょうか?」
 亜紀の顔を思い浮かべ、ドキドキしながら待った。
「実は、お願いがあるの。明日の日曜日だけど、予定があるかしら」
《おっ、デートの話かな》
「いいえ、無いです。有っても無いと答えます。亜紀さんの願い事は、すべて喜んでお受けいたしますから・・」
「ふふふ・・、ありがとう。心遣いとても感謝します。だけど、何をそんなに改まった話し方をするのよ。緊張しちゃうわ。やめてよ、お願い」
「はい畏まりました。ハハハ・・」
「もう・・、輝君といったら・・。まあ、いいわ。それでね、どこか景色の良い場所へ、私を連れて行けるかしら?」
「ん~、待って! う~ん、そうだ! 伊香保温泉へ行く途中の水澤観音を知っていますか?」
「聞いたことはあるけど、行ったことは無いわ」
「その水澤観音の裏手に水沢山があって、その頂上からの眺めが絶景です。ボーイ・スカウトの訓練で幾度か登ったことがあるから、間違いないですよ。特にこの季節は、紅葉が見事です」
 亜紀の答えが戻るまで、受話器を持つ手に力が入る輝明であった。
「じゃあ、そこへ私を連れて行って・・、お願いよ。お弁当は私が用意するから」
「本当ですか? やった~。亜紀さんとハイクに行って、お弁当も食べられるなんて最高に幸せだあ~。駅の西口で九時に待っています。楽しみだな!」
「私も楽しみにしているわ。じゃあ、九時にね。ありがとう、おやすみなさい」
「はい。でも、嬉しくて眠れそうにないな」
「だめよ。早く寝なさい。明日は絶対に遅れないでね」
「は~い、おやすみなさい」

×

非ログインユーザーとして返信する