ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第一章 Ⅸ 

「え、あの詩? 本当ですか?」
「もちろんよ。ええ、素敵に感じたわ」
 輝明の初めてのデートは、瞬時に過ぎた思いであった。一秒でも長く一緒に過ごしたいと願っていた彼だが、亜紀に予定があるというので無念にもお開きとなる。だが、別れ際に嬉しい誤算が残っていた。
「実は、あなたのことを千香に伝えたわ。彼女、びっくりしていた。でも、あなたを輝坊ちゃんと呼んでいたけど、本当なの?」
「はい、親せき中で呼ばれています。もう、高校生ですよ。いつまでも幼児扱いで、可笑しくありませんか?」
 輝明は、赤面しながら仏頂面で言い訳をする。
「そうでもないわ。可愛らしいと思うけど・・。千香が羨ましい、彼女はあなたを本当の弟のように思っている。大好きなのね」
「いや、冗談じゃないです。いつも怒られていますよ」
「でも、私が呼ぶわけにはいかないものね。千香に睨まれてしまう。私は輝君と呼ぶわ。いいでしょう?」
「えっ、なんだか照れるけど、輝坊ちゃんより嬉しいです」
「その代わりに、私のことを亜紀と呼んでね」
 輝明は、家に帰っても自分と亜紀の名前を繰り返し呼び、喜んでいた。
《輝君か・・、オレのことを輝君と呼び・・、それに、亜紀さんか・・、オレが亜紀さんと呼ぶ。ムフフ・・》
 千香は、さっきから夢想の世界に入り薄笑いを浮かべている輝明を、黙って見ていた。
「もう、いい加減にして! 何を思い出して、ニヤニヤしているの?」
「あっ、いや、幼稚な意味不明なことを書いて渡したものだなあ、と思ってさ」
「いいえ、面白いラブ・レターよ。でも、輝坊ちゃんらしい詩的な内容かと思っていたわ。だって、文芸部に入って、いつも詩を書いているじゃない」
「詩も書いて渡したよ。だけど、ぜーんぶ忘れちゃった」
「あっ、狡い!」
 輝明の太ももを容赦なくつねる。これには彼も我慢ができなかった。
「いっ、痛いなあ。ちょっと待ってよ。思い出すから・・」
 彼は、心に刻み込まれた詩を暗唱する。
【忘れ水
 貴女に 微笑みを返されたとき 眩しい輝きと温もりを感じる
 今までにない豊かな心情を知り 出会いは 偶然の奇跡である
 心の奥に 人知れず 絶え絶えに流れる 忘れ水
 本流に辿り着くことなく 細やかに流れる 忘れ水
 せめて 貴女だけに認められ 感じて欲しいと
 ひたすらに 願うばかり】
「信じられない。こんな詩を送ったの? これで、亜紀は輝坊ちゃんに傾いたのね」
「傾いていないよ。現に失恋しているじゃないか」

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