忘れ水 幾星霜 第一章 Ⅵ
「参加した五校の上演が終わり、その場で反省会をしたんだ。オレは司会をしながら参加者の顔を確認し、その人を探した。後ろの席に座っているのを見つけ、軽く会釈すると優しく微笑んで・・」
輝明は、しばらく口を閉じてしまった。彼の恥ずかしい核心に触れる。いくら千香であっても、話すことに躊躇した。
「その人を一目で好きになっちゃったのね。別にいいじゃない。誰にでもあることよ。さあ、続けて・・」
《やっぱり、千香ちゃんには隠せない》
「ああ、そうだよ。彼女が微笑んだ瞬間に、オレの脳がショートして大爆発さ。心がときめき、恋しく思う気持ちが初めて生まれた。いや、単なる憧れかも・・」
「その女性が、亜紀だったのね?」
「うん、そうだよ。でもね、その後に千香ちゃんが邪魔をしたのさ」
千香は輝明の言葉に驚き、一瞬、息を吸い込み止めて、彼の顔を凝視した。
「わ・・、私が? えっ、どうして? 私が何を邪魔したの?」
「反省会が終わって、彼女に声を掛けるつもりだった。ところが、千香ちゃんが急に横から現れてさ、親しそうに話し始めたんだ。そして、オレが驚いている隙に、腕を組み会場から出て行った」
《あ~、あの時ね・・。ごめんね輝坊ちゃん》
千香は状況を理解し、言い訳がましく説明した。
「な~んだ、別に邪魔した訳じゃないわよ。輝坊ちゃんがそんな気持ちでいたなんて、知らないもの。久々に亜紀の顔を見たから、声を掛けただけよ」
「彼女の名前も聞けずに悔しかった。残念で妬みさえ感じた」
輝明が千香の顔を睨みつけたので、彼女は座席に体を倒し、両手を上げて驚く真似をした。
「わぉ~、私を妬んだの? 本当に?」
「うん、千香ちゃんに嫉妬したよ。アハハ・・」
「うっふふ・・、亜紀が聞いたら喜んだでしょうね」
車内アナウンスがまもなく熊谷駅に到着することを告げた。千香が腕時計を見て、安心した様子で頷く。
「これなら、間に合いそうね。う~ん、ところで誰から名前を聞き出したの?」
「それは、高女(高崎女子高校)の演劇部の子に聞いたよ。成り行きで一気に聞いちゃった。ちょっと、不審そうで恥ずかしかったけど・・。演劇部の先輩で、証券会社に勤める横山亜紀さん。だけど、住所は知らなかったみたいだ。でも、住所は・・」
「ちょっと待って!」
輝明の腕を強く叩いて、瞳を輝かせた。
「分かったわ! あれ、あれよ。私の留守に、遊びに来たでしょう? お母さんが輝坊に内緒だよって、話してくれたのを思い出したわ。私の卒業アルバムを、熱心に見ていたことを・・」
「エヘヘ・・。ばれちゃったか。そうだよ。腕を組んで親しそうに話していたから、高校の同級生と考えて調べたんだ。叔母さんには、絶対に内緒だよって頼んだのに・・。勝手に千香ちゃんのアルバムを見たら、必ず怒られると思ったからさ」
「怒られる? 私に? まあね、でも、輝坊ちゃんがブツブツ言いながら真剣に見ていた様子を聞いて、お母さんと一緒に大笑いよ。そうね、亜紀とは三年間、同じクラスで気が合う仲だったわ」
「でもさ、調べた住所に無我夢中で書いた手紙を、送ったけど・・」