ウイルソン金井

創作小説。短編が主体ですが、長編小説も書きます。

創作小説を紹介
 忘れ水 幾星霜  偶然の出会いが必然なのか、憧れは恋へ。恋は愛へ。山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。ひょんな出会いからの交流。そして・・。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズの第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 雨宿りに続く大河内晋介シリーズの第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 怪奇な夢を見続ける主人公。夢に現れる和服姿の美しい女性。それは不思議な縁から始まるものであった。
 ア・ブルー・ティアズ 入院中の父子が生死の別れ際に触れ合う姿。その様子見た主人公が、自らの父に対する情念を考える。また、夜間の救急病院で起きる生と死のドラマ。

青き残月(老少不定) Ⅵ

 ゆうあい教室に戻ると、松原君が将棋盤を見詰めていた。しかし、心は別なところを彷徨っている。
「浩ちゃん、カルタでは勝てないけど、先生は将棋が強いぞ」
 私は、彼の気持ちをスライドさせようと、軽い声で試みる。ところが、この後に、彼が持つ真意の優しい心ばえを感受させられた。
「先生・・、ボクは・・、ボクは」
「どうした? ん、やろうよ」
 箱から駒を出し、将棋盤の上に広げた。駒を並べるよう急き立てる。彼は駒に触れたが、動作が覚束ない。
「どうした浩ちゃん? やりたくないのか?」
 私は彼の気持ちも知らず、強く聞いてしまった。
「ボ、ボクは知らない。将棋をやったことがないから・・」
 低く渋い声で呟いた。
「えっ、本当なの? でも、柴田君と一緒に・・やりたいと・・」
 私も声が低くなった。
《ごめん、心の中が読めなかった。君の本当の優しさが理解できて、うれしいよ》
 私は、彼をますます好きになった。
「そうか、じゃあ、先生が教えてあげる。これからは、先生が将棋の師匠だ」
 松原君の沈みかけた顔が、くしゃくしゃになるほどの喜びの顔に変わった。
 それからは、ゆうあい教室へ顔を出すたびに、駒の並べ方や動きを丁寧に説明した。ようやく、実際に駒を指してみると、カルタの図柄を覚えたように強い眼差しで記憶していった。
 一ヵ月後には、ほぼ完璧に将棋の指し方を把握し、対等に駒を進めるほど成長する。当初は負けても平然としていたが、松原君は徐々に負けん気な顔を見せるようになった。
 冬になると、松原君の通院が増える。それは、彼の出生に関係していた。
 出産時、一般の胎児より二倍ほどの体重。検査の結果、胎児の首に大人の拳ほどのリンパ管腫が見つかる。帝王切開で出産。直ぐにリンパ管腫の手術を行なうが、肺機能障害となり生後一ヶ月で三回の再手術。その後、細菌性髄膜炎を引き起こし、抗生物資を大量に投入された。
 それが誘因と判明できないが、抗生剤に反応しない体質で皮膚粘膜リンパ節症候群(川崎病)を発症したという。
 松原君は、出産と同時に痛い思いばかり経験している。その話を母親から直接に聞いたとき、私の心は捻じれ深い悲しみに沈んだ。ただ、彼の屈託のない笑顔に、私は救われる思いであった。
 彼は人一倍に汗をかく。常に水分補給のためにスポーツ・ドリンクを持ち歩いていた。体温が三十六度代でも、インフルエンザに罹りやすい体質なのだ。
 さらに、小学四年生のとき、脳への情報が健常者よりも低下するアスペルガ―症候群と診断される。松原君は生まれることによって、多くの障害を負うことになった。
 それでも、彼は懸命に生きる。勉強は苦手らしいが、ピアノ教室へ通い音楽を愛した。ゆず、アンジェラ・アキやジブリの曲が大好き。特に、私の心を癒してくれた(戦場のメリー・クリスマス)は、彼の十八番である。

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