青き残月(老少不定) Ⅶ
松原君は、他の生徒との交流が苦手だった。嫌な思いを自分なりに描いている。手術によるしゃがれた声が、うまく相手に伝わらないと心配していた。そして、大きな音や声に鋭く反応し怯える。近くの誰かが叱られると、自分が叱られたと思い涙し悲しむ。
松原君に付き合うほど、彼の感受性の強さは私の体や心に深く浸透していった。だが、彼の心の痛みや叫びを、聞くことも感じることも叶わなかった。松原君は独りで耐え、学校ではおくびにも出さないでいた。
寒く辛い冬が終わり、春になった。松原君も二年生に進級。担任の佐野先生が学年主任に相談し、通常クラスにも彼の席を置くようにした。体育や家庭科などの授業に参加。ポニーテールの山口彩香さんが、同じクラスになった。彼女は、幼稚園からの幼馴染。松原君を一番理解している。彼女のお陰で、クラスの仲間も平常に受け入れた。松原君は本来の優しさと努力で溶け込み始めた。
校内陸上大会には、クラスの一員として参加。全員リレーでは懸命に走る姿やクラスの仲間に大きなゼスチャーで応援。私と目が合った。私に両手を上げてガッツポーズ。これほどまでに嬉しそうな顔は、この一年間で初めて見た。
陸上大会の二日後。昼休みにゆうあい教室へ行くと、松原君が机に顔を伏せている。
「どうした? 具合でも悪いのかな」
私は心配になり、彼の肩に手を置き聞いてみた。肩に置いた手のひらが、無性に熱く感じた。
「ううん~、ちょっと眠いだけだよ」
「それなら、いいけれど。でも、小池先生に相談して、今日は早退した方が良いと思うよ」
松原君は疲れた顔を私に向けた。
「そうだ、一局だけでいいから将棋しよう」
私は心配して、断る。
「別な日にやろう。元気になれば、いつだってやれる」
「じゃあ、小池先生が来るまででいいから、一回やろう」
彼は一度言い出すと頑固だ。仕方なく、一局だけすることにした。
「ただし、先生が来たら、途中でストップだからね」
「うん、分かった」
やはり、直ぐに止めなければならなかった。
「浩ちゃん、このままにしておこう。続きは後日だ」
「うん、面白い内容だね。次が楽しみだ」
小池先生が家まで車で送ることになった。帰り際に、ふざけながらハイタッチを三回もやる。そして、黒板の隅に何かを書き込む。
「宮崎先生に、話すのを忘れてた」
「それは、大事なことかい?」
「そうだよ。あした、ボクの誕生日だよ」
「えっ、そうか。誕生日おめでとう!」
「あしただよ。おめでとうは早いよ」
眼差しは心細いが、松原君らしい笑顔を見せて帰って行った。私は、対局中の将棋盤をしばらく眺め、教室の隅にある長テーブルへ移した。
その日の夜、佐野先生から携帯に電話が入った。