ウイルソン金井

創作小説。短編が主体ですが、長編小説も書きます。

創作小説を紹介
 忘れ水 幾星霜  偶然の出会いが必然なのか、憧れは恋へ。恋は愛へ。山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。ひょんな出会いからの交流。そして・・。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズの第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 雨宿りに続く大河内晋介シリーズの第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 怪奇な夢を見続ける主人公。夢に現れる和服姿の美しい女性。それは不思議な縁から始まるものであった。
 ア・ブルー・ティアズ 入院中の父子が生死の別れ際に触れ合う姿。その様子見た主人公が、自らの父に対する情念を考える。また、夜間の救急病院で起きる生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第五章 ⅩⅡ

「よし、出発進行!」
「よし、輝坊ちゃんと最後の旅だ~!」
「・・・」
 千香の言葉が胸に響く。ハンドルを掴む彼の手に力が入った。返す言葉がない。
「輝坊ちゃん、運転は大丈夫なの?」
「うん、平気だよ。事故ったら、最・・、千香ちゃんとの楽しい旅が、台無しだ。ゆっくり安全運転しなきゃね」
 新名神高速道から伊勢湾岸道を抜け、新東名高速道で東京に向かう。予想よりスムーズに流れ、心配するほどでもなかった。千香も意外にリラックスして、元気な様子で車の移動を楽しんでいた。急ぐ旅でもないので、途中のサービスエリアに幾度も休憩する。
「何か温かい飲み物、いるかい?」
「そうね、ホット・レモンが飲みたい」
「分かった。ちょっと待ってね」
 自動販売機で千香のホット・レモンと自分用の紅茶を買ってくる。気持ちの良い日差しで、寒さを感じなかった。
「はい、これでいいかな?」
「うん、いいよ」
 キャップを開けて千香に渡す。
「少し熱いから、気を付けて飲んでよ」
 輝明は、コンビニで買ったおにぎりを食べる。
「千香ちゃんも、少し食べてみるかい?」
「できればカステラがあれば、食べたいなぁ」
「そうだろうと思って、はい、買っておいたよ」
「凄い、さすがに輝坊ちゃんだ。偉い!」
 袋からカステラを取り出して、包装紙を取り除く。千香に渡すと、ほんの少々つまんで口に運ぶ。輝明はその様子に、幾らか安堵した。
 静岡県浜松辺りに来ると、車窓から見える富士山の姿を眺めていた千香が、ぽつりと呟いた。
「こんな綺麗な富士山の姿・・、これが見納めね」
 その呟きに、輝明はバックミラー越しに千香の顔を見てしまう。彼女の頬に涙の雫が零れ落ちるところであった。千香に気付かれないよう吐息をつく。
《千香ちゃんの今の心理状態は、近づく者しか理解できない感情だと思う。あぁ、でも、オレは大事な千香ちゃんを失う方だよ。生きている限り、オレの気持ちは消せない。忘れろと言われても、絶対に忘れられない存在だ》
 会話の無い無味な時間と空間に、輝明は押し潰されそうだった。
「千香ちゃん、音楽を聴くかい?」
「うん、輝坊ちゃんの好きな音楽でいいよ」
「千香の家にあった映画音楽集を持ってきたよ。それで、いいかな?」
「うん、それでいいよ・・」

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