その夜は、何も起こらず朝を迎えた。車に乗らず、電車で出勤する。 「主任、今日の夜は、どうしますか?」 「そうだな、福沢先生から報告が来るかもしれん。後で、連絡する」 午前中は、互いの仕事に集中する。昼食も別だった。 「大河内さん、電話です」 退社時間の間際に、女子事務員から呼ばれ電話に出る。 「はい、大河内ですが・・」 「福沢です、今戻りました。今夜、時間が取れますか?」 「あっ、先生。お…
「オ、オ~ッ!」 慌てる若月。ハンドルをしっかり握る。 「ガガッ、ウフフ・・、ガァー、フフフ・・」 スピーカーから雑音と共に、薄ら寒い笑いが響く。顔を青ざめる若月に、私が肩を軽く叩き落ち着かせる。 「オイ、そこの、若いの~。必ず~、お前を~、食い殺すからな~」 地獄の底から、あの権助が話し掛けた。 「うるさい! お前なんかに殺されるか!」 咄嗟に反発した若月。私は、不味いと思った。 「や…
帰りが遅くなった若月。心細い態度で、帰り支度を始める。 「おい、若月よ。今晩、泊まれ・・」 「いいえ、着替えを持って来ていないので・・」 私は、しばらく考えた末、結論を出す。 「じゃ、私が行くよ。泊まる部屋は有るのか?」 「ん~、ソファなら・・」 明日の着替えを用意し、彼の車で千葉へ向かった。私は出掛ける前に、車内を清める。時折、オフのラジオから雑音が流れた。しかし、声は流れず私は安堵する…
その資料は、江戸の中期に書かれたようだ。筆文字なので、結構時間を要した。 「この部分が、気になりますね」 私が、指で示す。福沢も首を傾げる。 「確かに・・」 「え、なんですか?」 若月が、覗き込む。 「洞窟でしょう。その洞窟に、仏像が安置されている場所ですかね?」 「そんな場所が、この近くに有るだろうか・・」 三人は思い思いに、考え込む。 洞窟の仏像が、向こうの世界へ導くという。但し書…
昼時間になっていたので、近くのラーメン店に餃子セットを三人分頼んだ。都合よく、福沢准教授が到着した。 「先生、昼は?」 「いや、まだ食べていません」 先に頼んだことを伝えると、福沢が満面の笑顔。若月を紹介し、お茶を用意してると出前の餃子セットが届いた。 「さあ、食べながら考えましょうか・・」 すき腹の若月が、勢いよく食べ始める。私は、食べながら話題を口にした。 「今回は、やや面倒だと思いま…
彼の姿に、助ける手段を講じるべきだと思案する。 「君は、香木の匂い袋を持っているのか?」 「いいえ、もう関係ないと思い、持っていません」 私が思わずため息を吐いたので、若月は察したらしい。 「持っていた方が、良かったのですか?」 「ああ、取り敢えず用心のために、常に持ち歩くべきだ」 彼はブツブツと呟く。 「どうした、一つも持っていないのか?」 「ええ、会社の女の子に見せたら、みんなが欲しが…
「でも、後で不味いと思い、直ぐに引き返したけど・・」 若月は浮かない顔をする。 「それで、どうしたんだ」 「ええ、女の子の姿は消えていた。ただ、座席がそのまま濡れていました」 妙にうさん臭い感じがする。 「何か、他に感じたことは無いか?」 彼は困惑しているようだ。 「ん~、どうなんだろう。よく分かんないですが、嫌な臭いがした」 「えっ、どんな臭いだった?」 「はい、邪鬼の臭いです。それも、…
日曜日の朝、早くに目覚め、落ち着かない。今度は、どんな問題が待ち受けているのか、それに誰と出会うのか楽しみだった。 ただ、以前の出会いは、美しい女性だった。ところが、あのラジオから聞こえたのは、子供の声である。そのことが、特に私の興味をそそった。 若月を待つ間、心をときめかせ頭をフル回転させる。 《待てよ、今回はオレではなく、若月が主だな。車の購入経緯からしても、彼に係わることだ。用心させ…
その声は、雑音に抗い必死に呼びかける。 「助けて~、私を、ザザー、ガガッ・・助けて、ザザーッ、お願い」 私は声を振り絞って、応えた。 「分かった。ただ、内容を詳しく説明してくれ」 「うん、ガガッ、ガガ~、でも、後で・・」 消えてしまった。 「若月、この車を買った販売店は、どこだ?」 「あ~、これはネットで探しました。奇妙なことに、販売店は分かりません。指定された口座に、金額を支払うと・・」…
「おい、待てよ。その高架橋へ行ってみよう」 「えっ、反対方向ですよ」 「構わん、そこへ案内してくれ」 若月は、渋々従う。一旦、首都高速を降りる。迂回してから再び首都高速を走った。 「そういえば、引っ越したんだっけ・・」 「でも、近い内に、主任の家の方へ越そうと考えています」 「どうして?」 「いや、なんとなく。近ければ、あの世界が・・」 その瞬間、オフのラジオから雑音が流れる。私は耳を疑う。…