忘れ水 幾星霜 第四章 Ⅴ
マルコスが早めに到着。北島、通訳のセルジオ、佐和と事務員のテレーザ。それに、群馬県人会の高山事務長。全員が揃ったところで、輝明は千香を支えて立ち上がる。
「突然に訪問した私たちのために、温かく迎えていただき感謝申し上げます。長い間、探し続けていた亜紀さんに会えることができました。幸せに過ごしていたことを、確認でき安心しました。それは、憩いの園の皆さんのお陰と思っています。
また、今日、特別にお呼びしました県人会の高山さんには、以前、私が訪問した際にお世話になり、有難うございました。特に、北島さんには消息から滞在までご尽力をいただき、誠に感謝申し上げます。
最後に、ご報告しますが、亜紀さんと私は結婚いたしました」
亜紀は、顔をうっすら赤くして、はにかむ様子で椅子から立ち上がる。その場の全員が、驚くと同時に拍手をした。一番喜んだマルコスが席を立ち、テーブルを回り込み亜紀に抱きついた。
「マルシア! パラベンス(おめでとう)!」
マルコスに続き、佐和とテレーザがハグをした。その様子を嬉しそうに眺める輝明や千香には、握手で祝いを伝える。北島が、乾杯の音頭を取った。
「おふたりのご結婚を祝し、サウーヂ(乾杯)!」
乾杯後、にこやかな雰囲気で食事が始まる。大きな肉の塊が金属の串に刺され、ジュジュッと焼けた香ばしい匂い。食事の雰囲気をさらに盛り上げた。
「さっきは他のテーブルを見て驚いたけど、目の前にすると凄い迫力ね。あ~、元気だったらなぁ。たらふく食べられるのに、残念だわ。ねぇ、輝坊ちゃん」
「小さく食べ易く切ってあげるから、無理のない程度に味わってみるかい?」
「そうね、食べたいわ」
輝明は柔らかい肉を選んで小さく切り、千香の皿に移す。それをフォークで口に運ぶ千香は、幾度も頷く。
「美味しい。とても美味しいわ。亜紀が羨ましい」
「何が、羨ましいの?」
「だって、こんな美味しい肉を毎日食べられるなんて・・」
「呆れた、いくら美味しいからと言って、毎日、レストランで食べられますか?」
「そうよね、日本だってレストランで松坂牛を毎日食べれるわけがないものね」
「そうでしょう」
輝明が、次から次へと運ばれてくる肉に降参した様子。
「それにしても、この国の人は良く食べるなあ」
「運ばれてくる肉を、すべて食べるのではなく、好きな部位を選んで食べるのです」
北島がシュラスコの食べ方を伝授する。
「彼らは、必ず肉の名称を伝えますから、好きな部位を頷けばいいんです」
「いやぁ~、部位があり過ぎる。名称が分からない」
「私も当初はそうでした。徐々に覚えました。牛はゼブー種ですから、背にこぶがあって圧力釜で煮た物が美味しく、私は好きですね」