忘れ水 幾星霜 第三章 Ⅲ
「亜紀、私たちブラジルに来ちゃったわ。あなたに会いに。やっと会えたね?」
「ええ、でも・・。どうして私なんかを探したの?」
「それはね、後でゆっくり話しましょう。あれ、輝君は?」
千香は亜紀の手を離さずに、後ろを振り向く。
「ボクは、ここにいるよ」
「ほら、亜紀よ! 本当に亜紀よ。自分で確かめなさい」
千香は、亜紀の手を引き寄せ、輝明の前に彼女を押し出した。
《ま、待ってよ。千香ちゃん、心構えができていないのに》
《え、えっ、何よ、千香!》
仕方なく、輝明は準備していない言葉で挨拶した。
「やあ、お元気でしたか?」
「輝坊ちゃん! なにが、お元気でしたか、ではないでしょう。的外れな挨拶ではダメよ」
頬を膨らませ、輝明を叱る千香であったが、目は嬉しそうに輝いている。千香の言葉で、ふたりの緊張が薄らいだ。
「うふふ・・、輝君らしいわ。全然、変わらないのね。ふぅ~、良かった」
「アッハハハ・・、そうか、そうだね。飛行機の中で、再会の言葉をずっと考えていたけど、だめだった。ハハハ・・」
ふたりの再会を見ていたマルコスが、突然に口を挿む。
「あれ、アブラッソしないの。マルシア?」
「な、なにをバカなことを言うの。マルコスったら!」
亜紀は顔を赤らめ、マルコスを睨む。その様子に反応した千香が、マルコスに聞いた。
「何を言ったの? 亜紀の顔が赤いわよ」
「奥様、北島です。先ほどは、ご挨拶ができずに申し訳ありませんでした」
「ああ、北島さんね。この度は、お世話になりますね」
《あ~、良かった。北島さんのお陰で助かった》
「マルコスの言葉の意味は、ハグのことです。親しい間柄では、抱き合って挨拶するのがブラジルでは一般的です」
《えっ、説明したの? 困るわ》
「あ、そうなのね。じゃあ、輝坊ちゃんもやりなさい・・。輝坊ちゃん! ほら、私は済ませたわよ」
《なんだよ、千香ちゃん。無理だよ、オレには》
「慣れてないから、無理だよ。況して、亜紀さんに・・」
「千香、私はいつまでも日本人のまま、だから・・」
《でも、ハグしてもいいかな。輝君さえ良ければ・・》
ふたりは互いにはっきりしない態度。マルコスと千香が目配せするのを見た亜紀は、マルコスの手を押さえる。だが、遅かった。
千香が輝明を、マルコスが亜紀を同時に前へ押し出したからである。
「わっ、なんだよ。千香ちゃん!」
「マ、マルコス!」