ウイルソン金井

創作小説。短編が主体ですが、長編小説も書きます。

創作小説を紹介
 忘れ水 幾星霜  偶然の出会いが必然なのか、憧れは恋へ。恋は愛へ。山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。ひょんな出会いからの交流。そして・・。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズの第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 雨宿りに続く大河内晋介シリーズの第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 怪奇な夢を見続ける主人公。夢に現れる和服姿の美しい女性。それは不思議な縁から始まるものであった。
 ア・ブルー・ティアズ 入院中の父子が生死の別れ際に触れ合う姿。その様子見た主人公が、自らの父に対する情念を考える。また、夜間の救急病院で起きる生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第二章 Ⅴ

 一週間ほどが過ぎた日の朝。マルガリーダ園長のみが本名を知っている別棟の孤老(職員たちがタロウさんと呼ぶ)が、アジサイの蕾が綻び始めたことを亜紀に伝える。
 施設の裏手に小さな日本風の庭があり、二十株のアジサイの花が植えられていた。亜紀は確かめに行く。
「本当だ、白い花弁がうっすらと見えるわ。タロウさん! 満開になるのは、いつかしらね」
「そうだね・・、一週間後・・、かな?」
「私ね、この時期になると、咲くのを楽しみにしているの」
「うん、知っているよ」
「あっ、そうか。前にアジサイの花が好き、と言ったことを忘れてた。うふふ・・、故郷の清水寺の長い階段脇に、青いアジサイがとても綺麗に咲くの。その様子は、いつまでも心に残り忘れないわ」
 亜紀は、思い出せる風景を頭に描き説明した。すると、普段は寡黙なタロウさんが、新緑の若葉を愛しみながら触れ、意外にも過去の話をした。
「ワシの故郷にもあった。母ちゃんが好きでな。小さい頃に、妹と一緒によく連れて行かれたよ。幼心にも綺麗な花だと思った。だから、ここに植えることにしたんだ。アジサイの花を見ると、母ちゃんと妹を思い出すから・・」
 タロウさんの話す横顔を亜紀は黙って見ていたが、軽い気持ちで口を開いた。
「それで、タロウさんの故郷はどちらなの?」
 亜紀は自分の失言に気付き、彼の様子を心配した。案の定、若葉に触れていた彼の手が止まる。だが、苦渋に満ちた顔でか細く答えた。
「千葉だよ・・」
 それ以上の会話を避けるためか、庭の隅に自らが建てた小屋の中へ隠れた。彼が過去を顧みることに苦痛を抱いていると、亜紀はそう感じた。
《私だって辛いのに、浅はかなことを聞いてしまった。タロウさん、ごめんなさいね》
 亜紀は、彼の存在を知ってから、敢えて担当を佐和に願い出たのであった。タロウさんの仕草が、どこか輝君に思えてしまうからだ。その度に、未練がましい自分を戒める。
《遠い昔のこと。思い出しても仕方がないでしょう。駄目な私ね! 今をしっかり生きるしかないの》
 その日の午後。談話室で休憩時間を過ごしている亜紀に、北島から電話が掛かってきた。談話室の電話に回してもらう。
「ボア タルデ(こんにちは)、今朝、日本から電話がありました」
「ほ、本当に? 千香からですか?」
「はい! 橋本の奥様です。消息が分かって、とても驚き大喜びでした。それで、お会いできるか、確かめて欲しいとのことです。来月に訪問したいようです」
「・・・」
 亜紀は唐突の話で声も出ない。
《答えようがない。ブラジルに来るって・・、どう答えればいいの》


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