ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第二章 Ⅰ

 サン・パウロ市郊外の十月は未だ春の気候だが、照りつける日差しは夏のように強い。
 亜紀は朝食の片づけを済ませてから、中庭へ向かった。昨日の午後、礼拝堂脇の花壇に植えたスミレの苗が整然と並ぶ。紫色の可憐な花をイメージしながら、白いTシャツの彼女は小石や雑草を取り除く。
「亜紀さん! 朝からご苦労さま、園の皆さんがさぞや喜ぶでしょうね。私も楽しみにしているわ」
 憩いの園事務長の佐和が、片手で日差しを遮り声を掛けた。亜紀はつば広の麦わら帽子を脱ぎ。
「あっ、佐和さん、おはよう! そうね、喜んでいただければ・・」
 首に巻いたタオルで顔の汗を拭い、雲ひとつない青空を眺める。
「それでね、あなたが帰られた後に電話があったの。確か、日本から来られた北島さんと言われたわ」
「えっ、どなた? 知らない名前ですね」
「ここに勤めていることは、南マット・グロッソのお兄さんから聞いたそうよ」
 亜紀は首を傾げた。
「兄から・・、何も連絡がないけど・・。はて、どんな用事でしょう」
「今日の昼時間に、また掛けてくるわ。嫌なら断りましょうか?」
「いいえ、呼んでください」
「分かったわ、暑いから無理しないでね」
「はい、もうすぐ戻ります」
《でも、誰だろう・・。まあ、いいわ。話せば分かることよ》
 半時後、亜紀は施設内に戻る。その後、入所者の煩雑な世話に追い回され、亜紀は時間を忘れるほどであった。事務所から呼ばれ、ようやく昼時間に気付く。
 急ぎ事務所に顔を出す。若い事務員のテレーザが受話器を渡した。亜紀は受話器を受け取り、素早く耳に当てる。
「もしもし、横山ですが・・」
 目の前のテレーザが、好奇心いっぱいに耳を澄ませている。亜紀は声のトーンを下げ、耳に神経を集め見知らぬ相手の反応を待った。
「ボン・ヂーア!(おはよう) 横山亜紀さんですね?」
 意に反して、明るい声が耳に響く。
「は、はい。そうですが・・」
 亜紀は慌てて答える。
「私は、北島と申します。突然で驚かれたでしょうね。申し訳ないです」
「いいえ、どんなご用件でしょうか? それに、どうして私の名前をご存じなのですか?」
 不審に思うあまり語調を強めてしまった。

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