ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第一章 ⅩⅣ

 人の歳月は、お構いなしに過ぎ去る。輝明は、千香からの手紙に集中する。
【北島さんから報告の手紙が届いたの。驚いたわ。
 八月に、サン・パウロから一千キロ離れた南マット・グロッソ州の日系農場を訪れたとき、偶然にも亜紀のお兄さんの農場だったの。
 でもね、亜紀は一緒に住んでいなかった。彼女は環境になれず、心身ともに苦しんでいたそうよ。日本を離れて五年後に、流行り病でお父様が亡くなりお母様も看病から体調を崩されて、サン・パウロの日系介護施設に入所。
 亜紀は十五年間お母様に付き添い、亡くなった後はその施設で働いているらしいわ。
 輝坊ちゃんは、亜紀との経験から女性に偏見を持ち、心を閉じてしまった。未だに結婚もしないで困った人。
 亜紀は、あの別れの手紙を私に預けたとき、あなたが本当に好きだった。時間があれば素直な自分を表現し、もっと心を通じ合えたと語ったわ。
 輝坊ちゃんの詩に『愛することは 裏切りと失望を前提とし 愛されることは 裏切りと失望を肯定とする だが それでも人を愛し 愛されたいと願う』が、あったわね。
 あなたは亜紀に失望したかもしれない。でも、彼女は輝坊ちゃんを裏切ってはいないの。それだけは信じてあげなさい。亜紀のことは、心の片隅に仕舞って新たな心の扉を開けなさい。今からでも遅くはないわ。
 さて、私のことだけど。
 前から体調が思わしくなくて、先々週に検査入院したの。検査の結果、医師から宣告されてしまったわ。進行が速く、もう手遅れで余命一年ですって。驚いた? 私は驚かないわ。私の順番が随分早く来たのね、と思っただけよ。
 死ぬのも偶然で奇跡なのでしょう。だから、素直に受け止める。ジタバタしても仕方ないものね。私って、偉いでしょう。
 それで、輝坊ちゃんにお願いがあるの。私と一緒に暮らせるかしら。わずかな残りの人生をあなたと過ごし、我が儘を言うのが私の夢なのよ。輝坊ちゃんが傍にいてくれたら、死ぬことを寂しいと思わない。東京の子供たちも、輝叔父さんと暮らすことは大賛成です。どうかしら。
 最後に、私にも輝坊ちゃんが感じていない【忘れ水】があるの。涸れるまで見届けてよ。勝手なお願いを聞いてね。       かしこ   千香より】
 千香の手紙を読み終えると、老眼鏡を外してテーブルの上に置く。タバコと灰皿を持ってベランダへ行く。
《亜紀さんが、サン・パウロに住んでいたとは予想外だったな。なぜ、探すことができなかったのだろうか》
 吐き出す紫煙が、秋風に乗りスーッと空へ旅立った。
《近いうちに、水沢山に行って来よう。あの忘れ水を確認して、千香ちゃんの忘れ水も探してみるかな。それにしても、千香ちゃんの病状が心配だ。いつまでも一緒に元気でいてもらいたい・・》
 胸ポケットの携帯を取り出し、千香の元気な声を聞きたいと思う輝明であった。ふたりは姉と弟、幼友達として育ち、いつも傍にいることが自然であった。

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