ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第一章 Ⅲ

 夜景を眺める亜紀の横顔が、ネオンの様々な色彩によって幻想的に見える。
《あ~ぁ、亜紀さんの横顔は、なんて美しいんだぁ~》
 彼女の心肝にある複雑な感情に触れることなく、ただ見惚れる輝明であった。窓ガラスに映る亜紀の目線と重なり、彼女が微笑む。
《えっ、えっ!》
 その微笑みに、輝明の心は乱れ目線を逸らす。しかし、惨めな自分と思いながらも、彼は亜紀の横顔に心が奪われてしまう。
《輝君、真剣な顔で見つめないで。ああ~、また見ている》
 お互いにティー・カップの冷めた紅茶を飲み干し、心残りのまま食事を終える。
《何を考えているの、早く話さなければ・・。私って意気地なしね!》
 結局、亜紀は肝心な別れ話を伝えることが、できなかった。
《男らしく、聞けよ! 振られたっていいじゃないか。・・・、やはり・・、嫌だ。聞きたくない》
 輝明も、恋するが故に臆病風が吹き、核心に触れることを避けた。
 ふたりが外に出ると、晩秋の空に青白い月が輝き、路上を明るく照らしていた。高崎城址の堀に沿って歩き始める。前後に、数組のカップルがゆったりとした足取りで、腕を組み肩を寄せて歩いていた。
「輝君・・、寒くない?」
「うん、少し寒いね」
《オレは、何を答えているんだ。大人なら、男性から聞くことじゃないか。やはり、年上の女性に恋をするなんて、オレには無理なんだろうな。亜紀さんだって、物足りないと思っているはずだ》
 亜紀が何を考えているのか、理解できない心細さを彼は感じていた。
「亜紀さん! 千香ちゃんから聞いたことですが・・」
《えっ、何を聞いたの? あのことは知らないはずだけど・・》
「はい?」
「会社を辞めたそうですね。本当ですか?」
 輝明は決心した。話したいことが、別れ話ではないと願いながら訊ねたのである。
「ええ、本当よ。家庭の事情でね」
《なぜ、素直に話せないの。だって、輝君が苦しむと思うから・・。もう、会えなくなるのよ。》
「これから、どうするの?」
「分からないわ。どうしたら、いいのかしら?」
《何をバカなことを言ってるの。きちんと伝えるべきよ。千香から頼まれたでしょう》
 彼女の答えに、輝明は困惑する。これ以上の会話が進まず、しばらく沈黙が続く。末広町まで来てしまった。亜紀の家は、すぐそこである。
「あのう・・、輝君ね・・」
 彼は立ち止まる。亜紀の浮かぬ顔に応じ、心して言葉を待った。
「いえ・・、なんでもないわ」
《だめ、だめ、私には言えない》
 亜紀は立ち止まらず、そのまま歩き続ける。
「・・・」
 輝明は、無言で亜紀の後姿を見るしかなかった。数歩先の彼女が、不意に縁石の上を歩きだした。
《えっ!》
 輝明が驚くと同時に、彼女がバランスを崩す。彼は走り寄り、手を差し出した。亜紀が力強く輝明の手を掴む。その手の温もりは、彼にとって衝撃的で忘れられない感触であった。

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