ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第一章 Ⅰ

 三十年前、高校三年生の輝明は、兄が経営する印刷工場の一室に独りで生活をしていた。
 十二月の初旬、身が凍みるほど寒い日曜日の朝。
「おーいっ! 輝坊、いるか~?」
 事務所の輝明の兄が、オフ・セット印刷機の大きな音に負けない声で彼を呼んだ。この数日、気持ちがすっきりしない日を過ごしていた彼は、苛立ちを露わにあらん限りの声で答えた。
「なんだよー。オレは忙しんだー、特に今はー」
「お前にべっぴんのお客さんだー。つべこべ言わずに、早く来ーい」
《えっ、誰だろう? まさか、いくらなんでも、そんなことはありえない》
 実際は、気晴らしにヘッセの詩集を読んでいた輝明であったが、仕方なく椅子から立ち上がる。読んでいたページの間に鉛筆を挿み、事務所へ顔を出した。
 事務所には、ショート・ヘアが似合う二歳年上のいとこの千香が、冷えた手を石油ストーブにかざしながら待っていた。
「あれ、なんだ。千香ちゃんか・・。おはようサン」
《まあ、失礼ね。なんだとは、何よ。あなたのことを思って、急いで来てやったのに》
「お・は・よ・う。輝坊ちゃん!」
「オレに何か用事なの?」
「なんだとは、随分なご挨拶ですこと。誰と勘違いしたのかな? いつになく不機嫌なご様子だけど。まったく・・」
 頬を膨らませ、拗ねた仕草をする千香。だが、直ぐに舌を出したので、輝明は笑ってしまった。
「ウッ、フフフ・・。確かに、がっかりしたさ。フフフ・・」
 隣にいる兄が笑いを堪えている。その様子に、じろりと輝明は睨む。兄は笑いながら工場へ逃げた。
「輝坊ちゃん、あなたに大切な物を届けに来たのよ」
 彼女はにこやかな顔をしているが、彼を見詰める瞳に愁いが込められていた。輝明は戸惑いを隠せず、せっかちに訊ねてしまう。
「オレに? 誰から? 何を預かったのさ? どうして千香ちゃんが?」
「ちょっと待ってよ! もう、せっかちな人。この手紙なの。これを読めば分かるから」
「えっ、その手紙?」
《嫌だなぁ・・、絶対に、輝坊ちゃんは戸惑うだろうなぁ》
「でも・・」
「でも、でもって何が?」
《もう、私、知らないから・・》
「なんでもない! はいっ、受け取って!」
 千香は手に持っている淡いブルーの小さな封筒を、大人気ないやり方で輝明の胸におしつけた。彼は胸に押しつけられた手紙を受け取り、千香の目を気にしながら封を開け、中の便箋を取り出す。
 読み始めるが、目に映る文字に愕然とした輝明は、便箋から千香の顔へ目線を移した。
《やっぱり、思ったとおりの反応だわ》

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