偽りの恋 ⅧⅩⅧ
あの日から、二年が過ぎ去った。俺は研修期間が終了し、ブラジルの企業に面接。三ヶ月後の昨日、合格通知の手紙が届く。その場で、千恵に電話した。
「あっ、金ちゃん・・。どうしたの?」
「明日の午後に、会えるかな?」
しばらく、沈黙が続く。俺は不安になった。
「うん、いいよ。本当に、会えるんだね・・」
か細い声が聞こえてきた。
「そうだよ、待たせて悪かったね。ようやく、夢が叶った」
「ううん、悪くないよ。でも、良かったね。私もホッとした」
元の溌剌した千恵の声に戻った。千恵は工場勤めを辞め、渋谷の料理専門学校へ通っている。この二年間、互いに約束を守り、電話のみで心を通わせた。
ただ、幾度も心が折れ、約束をほごしそうになる。その都度、千恵が諌めた。そんな彼女に、益々魅了される。
約束の場所を、何故か日比谷公園にした。噴水の前で待つ。飛沫が心地よい。公会堂の方へ目を向けると、浅緑の艶やかなワンピース姿のあの人が手を振る。俺の胸がときめく。
「金ちゃん、待ったの?」
ポニーテールが爽やかに揺れ、俺の心を擽る。
「いいや、さっき着いたばかりだ」
目の前の女性はあの人でなく、紛れも無く千恵であった。この二年で、小悪魔の千恵は淑やかな大人の女性に、変貌している。その姿に、俺の心が宙を舞う。
テラスのあるレストランへ誘う。千恵が俺の腕に、しっとりする腕を絡ませた。久しぶりの感触に、俺の体がざわめく。
木陰の白いテーブル席に座らせた。千恵の姿が、木漏れ日に良く映える。
「飲み物は?」
「うん、金ちゃんと同じ紅茶にして・・」
注文すると、千恵の顔を直視した。彼女も俺に視線を合わせる。
「俺の想像通りだった・・」
「えっ、何が想像通りなの?」
ちょこっと首を傾げ、人差し指で鼻を弾く。
「ああ、小悪魔が天女に。摩訶不思議なことだけど、俺は信じていた」