偽りの恋 ⅧⅩⅡ
もう、隠す必要はないと判断し、千恵にあの人のことを話す。
「その人は、素敵な人?」
「うん、素敵な人だった」
千恵の瞳が揺らいでいる。懸命に想像しているようだ。
「私と比べたら・・」
「比べることじゃないよ。人それぞれに個性がある。素敵の意味も異なるからね」
「ふ~ん。でも、金ちゃんが素敵に思った理由を教えて?」
あの人の素敵な理由? 言葉に表せない。心の感覚かな?
「ねえ、隠すこと無いじゃない。早く教えてよ・・」
「うん、感覚だろうな。会えば胸がときめき、離れれば胸が引き裂かれる。目を合わせれば、その瞳に心が奪われた・・」
この感情は、今でも変わらない。俺の青春に掛け替えのない人だった。
「それで・・、彼女とキッスしたの・・?」
千恵のか細く震える声。彼女のいじらしい心根に、俺の心情が感応した。千恵の肩を抱く。
「いいや、手さえ触れることも叶わなかった」
「え~、なんで? 私には簡単に触れ、何度もキッスする癖に・・」
そう、勇気がなかった。嫌われることを、意識したからであろう。
「そうだね、不思議だね」
やはり、あの人とのスタート・ラインがずれ、俺が先行し過ぎた結果だろう。
「もうひとつ教えて? 美人? 髪型は? 色白?」
「おいおい、ひとつじゃないのか? ハハ・・」
俺は笑いながら、彼女の肩を揺する。
「ふふ・・。だって、気になるんだもん」
「そうか、美人だ。ロング・ヘアーで色白だった。雰囲気が優しい大人の女性かな」
「わ~、それじゃ、敵わない。よし、私はそれ以上になるからね。決めたからね」
やっぱり、千恵は素敵な小悪魔だ。
「必要ないよ。千恵ちゃんは、可愛いよ。大好きだから・・」
「嘘よ。まだ、あの人に未練が有るんでしょう?」
無いと言えば、嘘になる。でも、俺の心は千恵に満たされている。
「もう、俺の心を独占しているのは、憎たらしい小悪魔で俺を魅了する天使だよ」