偽りの恋 ⅧⅩⅠ
「まだ、学校が終わっていない。それに研修もあり、どこへ行けるか分からないんだ」
千恵は視線を外すことなく、俺の言葉を聞いている。
「だから、結婚なんて考えられない。千恵ちゃんも若いしね・・」
「9月で、19になるわ。待っていたら、おばさんになっちゃう」
「あはは・・、佐藤さんに聞かれたら、叱られるよ」
「そうか、うふふ・・」
俺は千恵の手を握り、再度ベンチに腰掛ける。
「それでね、時間が掛かるから、その間に色々経験しなよ」
「例えば?」
しばらく考える。彼女も考えながら、俺の言葉を待った。
「それは、千恵ちゃんが探すしかない。だって、強制できる立場じゃないから・・」
「金ちゃんが言えば、私はなんでもやるわ。将来のご主人様だもん」
俺は降参だ。千恵の考えは、既に俺より前向きだ。
「千恵ちゃん、俺と君は恋のスタート・ラインにいる。結婚とは、その先にあるゴールだよ。恋と愛では、雲泥の差がある」
千恵の瞳が瞬時に輝いた。
「私は、金ちゃんを愛しているもん。だから、問題無いよ」
「いや、まだ愛じゃない。好きだから、愛していると思うカップルが多い。でも、その結果、簡単に破たんする」
彼女は首を傾げ、俺の言葉を不思議な感覚で捉えている。
「真実の愛を感じるのは、容易くない。恋の動機は一瞬に決まるが、愛の動機は複雑だよ。偽りの恋をすると、真実の愛が隠れてしまう」
俺の脳が求めていた真実の愛を、俺自身が壊してしまった。あの人との愛は、真実だったはず。
「あれは、偽りの恋だったのか・・」
何気なく呟いた。
「えっ、あれって何? 偽りの恋?」
俺の呟きに、素早く千恵が反応した。俺も驚いた。
「あっ、俺は何を・・」
ギラギラする視線を俺に浴びせる。俺の腕を強く抓った。
「イテテ、あ~、痛いな。なんで抓るのさ・・」
「だって、隠し事、しているんでしょう。私に?」