ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

浸潤の香気(大河内晋介シリーズ Ⅲ)Ⅵ

「陛下が皇霊殿の儀式に、特別な伽羅を使いたいと所望された。困った宮廷は苦肉の策に、正倉院の伽羅を密かに削り取ることを考え、私に内命したの。以前、豊臣秀吉も削ったらしいわ。ところが・・」
 彼女は、心の底から悔しさと悲しみを露わにした。
「ところが、下級官人の舎人(とねり)の権助が、幕府の役人に密告したの。私は捕らえられ、黙秘を続ける私に拷問が宣告された。当時の女性への拷問は、卑劣で屈辱的な内容だった。獄中で待つ間は、恐怖に怯えていたわ」
 千代から意外な真実を打ち明けられ、私と若月は心が深く沈む。ふたりは、黙って耳を傾けるだけであった。
「でもね、拷問寸前に宮廷と幕府が密約を交わした。私が獄中で毒薬を飲み自害する。褒美を待っていた権助は斬首刑になった。事件を闇に葬る形で処理されたわ」
「・・・」
「私は拷問を免れ、承知の上で自害したけど、権助は納得しなかった。恨みを私に向けたわ。地獄に落とされ邪鬼になった権助は、私を八つ裂きにしようと狙っている」
「・・・」
「冥府の世で沈香の香りを身にまとえば、権助から逃げられると内室から教えられたわ。大河内さん! 私を助けて・・」
「えっ、どうすればいいの?」
「高価な伽羅は必要ないの。普通の沈香でいいから、ねっ、お願い!」
「分かりました。次の金曜日に必ず渡します」
「ただ、気を付けてね。私の願いを聞いた人たちが、権助の仲間に狙われたわ」
「え~、うそでしょう」
 千代の言葉に、若月が震えあがった。
「いいえ、本当よ。でも、大丈夫。今回は、内室が京都御所に近い寺社を通じて、邪鬼の動向を見張っているわ。信じて!」
 その夜、若月は私の家に泊まった。翌日の土曜日、ふたり揃って出社した。午前中で仕事を終え、午後から若月の祖父が住む神奈川県の秦野市へ向かう。若月の祖父が駅で待っていた。祖父の車で二十分、丹沢の山並みが良く見える家に着いた。
「初めまして、大河内と申します」
「やあ、孫の涼太がお世話になっているようで・・」
「突然にお伺いして申し訳ありません」
「とんでもない、毎日が日曜日の暇老人ですから。あっ、ワシの連れ合いじゃ」
 奥から茶菓子を持って、若月の祖母が現れた。
「どうぞ、ごゆっくりしてくださいまし・・」
「お構いなく・・」
 しびれを切らした若月が、たまりかねて横槍を入れる。
「もう、挨拶はいいから、早く沈香を見せてよ」
 祖父が、用意していた趣味の沈香を、テーブルの上に広げて見せた。削った沈香を焚くと、いい香りがした。
《そう、これだ。千代と初めて会ったときの、あの不思議な匂いだ》

×

非ログインユーザーとして返信する