偽りの恋 ⅦⅩ
俺は答えることができない。口をパクパクと動かし、肺に酸素を送り込む。過呼吸に陥りそうだ。俺は天を仰ぐ。
「金ちゃん、大丈夫なの?」
千恵が俺の顔を覗き、小さな手で頬を擦る。なんて、優しく滑らかな手の感触、俺の脳が宙を回る。
「これが・・、天国へ誘う・・、天使の手・・、なのか?」
我知らず、余計なことを呟いた。
「うふふ・・、天国? ふふ・・、私の手が? もう、胸がキュ~ンとなっちゃう」
横座りのまま、千恵が頬を摺り寄せる。
「アッ! 痛い。金ちゃん、痛いよ」
俺の脳が、一気に墜落。
「な、何? どうした?」
意味が分からず、ベンチの背もたれから体を起こす。
「金ちゃんの無精ひげ、ちゃんと手入れをしてよ!」
小さな天使の手が、俺の頬をペタペタと叩く。
「あっ、はぁ。そうか、髭か? ハハハ・・、とんだ、天使の悲劇だ。アハハ・・」
「何が、天使の悲劇よ!」
バッシと叩かれた。
「オッ、イッテェ~な。なんだよ、千恵ちゃん?」
一瞬の出来事に、俺は驚く。
「無精ひげなんて、大っ嫌いよ。金ちゃんの大バカ!」
千恵の目から大粒の涙が、溢れ出す。俺の最大の弱点は、紅涙だ。
「ごめん、悪かった、頼むから泣くなよ。だから、恋するに値しない男なんだよ、俺は」
不思議にも、千恵の涙が瞬時に止まった。
「ん、恋するに値しない男? 誰が、値しないの? 妙なこと言わないでよ、狡いんだから。金ちゃんが、そう思っても、私は絶対に思わない。絶対よ!」
勝気な顔に健気な言葉が、俺の心根を飲み込む。決意がグラグラと揺れ動く。俺は千恵を抱きしめる。
「分かったよ、千恵ちゃん」
「じゃ、今日最後のキッスをして・・」
「あ~、やっぱりな。憎たらしい天使だ」