偽りの恋 ⅥⅩⅨ
電車の単純な揺れに、疲れが眠気を誘う。千恵から健やかな寝息が聞こえる。俺も疲れていたが、この二日間を思い浮かべ脳がフル回転。千恵の予想外の振る舞いに、翻弄され続けた。思わせぶりの仕草に、心をときめかせ困惑する。俺は大きな溜め息を吐いた。
「ん、どうしたの?」
俺の動作を感じた彼女が、目を覚ました。
「いや、何も。ただ、疲れただけだ・・」
「私の所為でしょう? 後で、慰めてあげるね」
俺の耳元に口を寄せ、声を潜めて話す。触れる唇と息が、耳たぶを擽る。背筋に悪寒が走り、胸が高鳴った。その妙な感覚に、俺の脳が歓喜の叫び声に踊らされた。
いつの間にか秦野駅に着いた。二人は慌てることなく、ゆっくり降りる。改札口を出るが、帰る方法を考えていなかった。バス停の時刻表には、最終便が一時間後とあった。
「金ちゃん、どうするの?」
駅前のタクシー乗り場を確認する。一台も停まっていない。
「う~ん、歩いて一時間、最終バスを待って一時間。タクシーは当てにならない。困ったね」
千恵が俺の腕を掴み揺する。
「あそこのベンチに座って、ゆっくり考えようよ。自販機で飲み物買うけど、金ちゃんは?」
「ああ、冷えた紅茶が飲みたい」
「分かった、待っててね」
小走りで、自販機へ行く。俺は手荷物を持ってベンチに行き、足を伸ばして座る。一呼吸する暇も無く、千恵が戻って来た。冷えたペットボトルを受け取り、キャップを開け直ぐに飲んだ。横に座る千恵の足が、暗い外灯の下で白く浮き上がる。
「改めてみる千恵ちゃんの脚って、綺麗だね」
瞬時、俺は余計なことを喋ったと後悔する。案の定、恐ろしい答えが帰って来た。
「でしょう? この脚は、金ちゃんのために有るのよ。誰にも触らせないから、心配しないでね」
ペットボトルを口に含み、妖艶な流し目で俺を見る。俺の胸がずっこけ、予想以上の痛みを感じた。
「ア~ッ、胸が痛む。バカなことを言ったもんだ・・」
さらに、余計なことを口走った。もう俺の脳は錯乱状態。
「何がバカなこと?」
妖艶な流し目が、一気に小悪魔の瞳に変貌。その視線に、俺の身が縮む。