偽りの恋 ⅥⅩⅢ
谷川の名水冷やしラーメンを注文。二人は一時休戦状態。俺はゆっくり味わった。ガラス越しに望める谷川岳の緑に囲まれ、気分が穏やかになる。先に食べ終わった俺は、何気なく千恵の食べる様子を見ていた。
「ねえ、・・・」
千恵の足が、俺の脛を小突く。
「ん? 何が言いたい?」
警戒することなく、ぼんやりと尋ねる。
「本当に、ダメなの?」
割り箸に麺を絡ませ、おずおずと問い返す。
「だから、何がダメなんだ。意味が分かんないよ、千恵ちゃん・・」
突然のことで、千恵の質問が飲み込めなかった。
「・・・」
箸を手に持ったまま、俯いて肩を震わせる。彼女は泣いていた。その姿に、俺の心は深い落とし穴へ転がる思いだ。
「千恵ちゃん、外に出ようか?」
彼女は箸を置き、黙って頷き席を立った。俺も立ち上がり、千恵の手を握りレストランから出る。表に出ると、千恵の肩を抱いた。
「風が気持ち良いね。少し、そこのベンチに座ろうよ」
千恵は反対もせず、並んで腰掛ける。深い山並みが、前に広がる景色を眺めた。
「もしかして、結婚のことかい?」
「うん、・・・」
「やはりな。う~ん、困ったね」
肩に掛けていた小さな白いポーチから、二つのお守りを取り出した。その一つを俺に渡す。
「えっ、俺に?」
「うん、祖母ちゃんが寄越したの」
俺はしげしげと見詰めた。弥彦神社のお守りであった。
「これを、二人で持っていれば、幸せになるからねって」
千恵が濡れた瞳で俺の心を覗いた。やはり、俺の心は穴の中を転がって行く。