ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

浸潤の香気 (大河内晋介シリーズⅢ)Ⅳ

 レールの車輪と車両の軋む音が、頭の中にギシギシと響く。
「主任、降りるのは次の駅ですよね」
「うん・・」
 私は前を見据えたまま、気のない返事をした。
「まだ現れませんか?」
 若月は空いた車両の中を見回す。
「いや、もう居るよ」
「えっ!」
 彼は驚いて目を見開き、私にそっと耳打ちする。
「ど・・、どこですか?」
「反対側の席に座っている」
「誰も座っていません・・」
 浅黄染めの和服が似合う。右袖口を左手で押さえ、右手を細やかに振った。私も応じて振る。若月は信じられない様子で、漠然と前を見ていた。
 電車が駅に着き、乗降ドアー開いた。千代の後を追って私たちも降りる。他の乗客が改札口から出るまで、私は足を止め待つことにした。
「主任、本当に見えるんですか?」
「ああ、見えるよ。美しい人だ」
「じゃあ、怖くないですね。良かった~」
 プラットホームには、私たちだけになった。若月を待たせ、千代に近づき話し掛けた。
「やあ・・」
「ちょっと待って! あの若い人は、どなたかしら?」
「じつは、私の部下で・・」
 私は大雑把に説明し、不粋な人間ではないことを伝えた。
「分かったわ」
 千代が若月の前に立ち、両手を頭の上に乗せる。一瞬、彼の顔が強張った。
「あっ、あ~ぁ!」
 突然に現れた女性を見て、若月は奇妙な声を発した。
「おほほ・・、亡霊なんて初めてでしょう? 驚くのは当然よ」
「おい、若月! これで信じたろう?」
 自分の立場を理解した若月は、一度大きく息を吸ってからコクリと頷いた。
「これは、夢でなく現実ですよね。確かに美しい人だ」
「うふふ・・、無邪気な青年ね」
「千代さんなら、怖くないです。思ったより楽勝な世界だ」
 すると、千代が突如邪鬼に変身し、彼をなぶる。
「おまえ~、甘く考えると殺されるぞ~」
「ひゃ~、ご、ご免なさ~ぃ。助けて」
 頭を抱えしゃがむ。千代は元の姿に戻り、素知らぬ顔で私を見た。
「若月、もう大丈夫だから立ちなさい。これからは、しばらく黙って後ろにいなさい」
 駅前から少し離れた雑木林へ行く。人の気配が感じられない場所にやって来た。雑木林の木々が、ザワザワと揺れ動き空気を変えてゆく。すると空の色が薄紫に染まった。
 目の前に荒涼とした原野が現れ、ひとりの女性がこちらに向かって歩いて来る。千代が近づき、深々とお辞儀をした。
《えっ、千代が敬い礼儀正しく出迎える? 一体あの女性は何者だろうか?》

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