偽りの恋 ⅤⅩⅨ
どうにか出発できた。早く高崎から離れることが、最善だと思う。関越高速に入ると、疎らな交通量に緊張が緩む。
「ねぇ、金ちゃん・・」
「うん、なんだい?」
「まだ答えていないよ」
俺は忘れていたことを思い出す。体が強張り、ハンドルを握る手に力が入った。
「あ~ぁ、そうか。忘れていた」
前方に目を配り、思案する。恋愛関係になった女性は、幾人かいるが寝たことは無い。
それに、結婚まで考えたあの人とは、手を握ることさえ叶わなかった。いや、嫌われることを恐れ、触れることができなかった。
「どうして、喋れないの?」
運転する俺の横顔を、執拗に見詰める。ハンドルを握る腕に、千恵の手が置かれた。
「う~ん、仕方がない。白状するよ・・」
遠く前方を走る車のテールランプ。赤い光に視線を合わせ、真実を打ち明ける。
「本当に、俺は女性と寝たことが無い。佐藤さんのキスだって、気紛れが原因だよ」
「じゃ、私とのキスは、どうなの?」
腕に置かれた千恵の手が、力強く握る。彼女の真剣さが伝わった。
「気紛れではないよ。だけど・・」
俺は言葉を濁し、彼女を傷つけたくないと心から思った。
「だけど?」
「前も言ったように、俺には大事な計画が有る。そのためには、切実な恋や愛を交わすことができない。結婚さえ諦めた。これが現実だ」
俺の腕から千恵の手が放れた。
「ごめんな。俺は、卑怯なヤツなんだ。こんな男は、千恵ちゃんの彼氏には不向きで失格だ」
千恵も前方を見詰める。ただ、彼女には何も目に入らない。恐らく、心の中で自問自答を繰り返しているのであろう。
「でも、いいの。初めて恋する人だから・・」
切ない声で、ポツリと呟いた。